Sweet Honey Baby

 「早くしろよ」

 「…いや、えっとね」




 唐突に誘われたってこっちにだって都合と言うものがある。


 どう断ったものかと躊躇していると、見る見る不機嫌に眉間にしわが寄り、青筋が立ってきた。


 ちょっと、短気すぎない?


 今言われて、即決で決めろってことかよっ。




 「悪いけど、この後、語学の先生が来てるし」

 「そんなん、適当にブッチしろよ」




 ブッチ…そりゃ、できるものならしたいよ。


 でもその課題を出しているのは、とうのあんたの親だ。


 言ってもあまり同情してくれそうもないので、はああっと溜息をつく。


 もう少し、あたし=婚約者の立場というものを考慮してくれれば、あたしも楽になれるのだろうか?




 「いや、できないし。一応、ここに連れて来られる時の約束だから」

 「約束?」

 「そう。こちらの意向に従う、できるだけの努力をする」




 その他にももろもろ。


 もともと選択の余地のないあたしには、断りようもない。


 本来の婚約者だった異父妹の絢音ちゃんだったら、もう少し言いたいことを言えたのだろうか…って、生粋のお嬢様だから、今あたしがやっている花嫁修業的なものはとっくに仕込まれてるか。


 そういえば、こいつ、自分の婚約者がいつの間にか年下の女の子からあたしみたいな年上女に変わったことをどう思ってるのだろうか。


 …いやいや、大学生だったことすら知らなかったんだから、もしかして、婚約者自体が交代したことを知らないのかもしれない。




 「いいから、来いよ」




 優柔不断な断り方をしたあたしに業を煮やしたらしく、数歩先を行っていたのをわざわざ戻って手を掴んで引っ張ってきた。 




 「ちょ、行かないって言ったでしょ」

 「…だったら、そんな羨ましそうな顔してんな」

 「は?羨ましそうって」




 そんなこと…あるかもしれない。


 一也のライダースーツのツナギが、昔乗ったバイクの楽しさを思い出させる。


 見てるだけなら楽しいんだけどね。




 「いや、気持ちはありがたいけど、遠慮しときます。予定あるなら早く行きなよ」




 ちょっと強めだったけど、手を突っ張ったら案外あっさりと振りほどけた。


 …バカ力だよね。


 まあ、高校生のガキならこんなもんか。


 指の形に痣になりかけた手首を、そっと摩り、手でヒラヒラあっちへ行けと指し示す。




 「…勝手にしろ」 




 不機嫌に歪んだ顔が、プイッとソッポを向いて、後はそのまま振り返らず立ち去った。


 なんなんだ、いったい。