「えーっと、須藤 百合 <スドウ ユリ>…ちゃん。1年C組でよかったよね。もう覚えちゃったよ」

保険医は柔らかく笑いながらそう言った。私は返事もせずベッドに勝手に横になり布団にくるまる。
保険医…黒山 誠<クロヤマ マコト>は私の寝てるベッドの隣にパイプ椅子を置いて、いつもの優しい笑顔を向けた。

「また、何かあったの?」

この男は私が保健室に授業をサボりに来ている事に気づいているのに、それを強く咎めない。私にとってそれはいいのか悪いのか……ただ心が安らぐ事は間違いなかった。

「あぁ…ちとな」

そう答えたのは私。古臭くてじじくさいこんな喋り方…嫌いなのに。

「須藤さんの家柄は少し特別だもんね」

黒山はまた優しく微笑みながら布団越しだけれども私の身体を数回撫でた。

何故こいつに私の家の話をしたのか、自分でも分からない。
友人と呼べる人間も出来なかったから、家の話なんてしたことがなかった。
いや、したくてもできなかっただろうが。なのに。
私がそれをこいつに話したのは、誰かに苦しさを吐き出したかったのか、悩みを沢山抱えているのだと主張したかったのか、それとも。

私の家は古臭く、日本の伝統を受け継ぐ古い和菓子屋なのだ。
商いの戦に勝つためか、本当に伝統を重んじるのかは私にとってはどうでもいいが、そのせいで私が縛られている事には変わりない。

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

そんは女になれ、と小さい頃からたくさんの教養を受けてきた。

窮屈ったらありゃしない。

そんな家から逃れるようにこの保健室まで逃げ込んでいたら、いつのまにかそんな話をしてしまっていた。
黒山は、ただ話を聞いてくれた。
それから保健室の利用回数は増えた。



「…でも。ここに逃げてばかりじゃ駄目だよ。ちゃんと授業も受けなさい」