氷は、重厚な鉄製の扉の前にいた。

時刻は13時。
次期族長候補、冬牙と唯一会える時間。


氷は扉と同じ鉄製の鍵で錠を開けた。





ガチャリと無機質な音が響く。






「……冬牙、おはよう。」

「…おはよう。」


部屋の中は小さな暖炉と椅子と机とベッド。
そして天井まである本棚につまった大量の本。

そんな異質な部屋の中心に彼、冬牙はいた。




冷華一族特有の透き通った蒼い瞳が氷を見据えていた。


氷は時雨以上に冬牙の瞳に畏怖の念を抱いていた。

光は無く、ただただ透き通った瞳。


あまりに深く淡い色に自分が取り込まれてしまいそうで。



冬牙が部屋に閉じ込められ、10年。

冬牙は時雨が望む族長候補へと成長していた。






「……氷。どうかしたのか?」

抑揚の無い声が氷の鼓膜を震わせた。

氷は返事の代わりに冬牙の瞳を見つめた。


「なんだか、落ち着きがない。…慌てている……?いや、……恐れているかのように感じる。」

「……あぁ、そうかもしれない。」


今日は、いつもと違う。
冬牙の日常が崩れる。

日常が終わり、新たな日常が始まる。







「………冬牙、17歳の誕生日おめでとう。」


氷が極力優しく告げると、冬牙は今思い出したようで
「あぁ、そうか。」
とだけ言った。





「冬牙、今日は特別な日だ。」

「特別?……なにが?」

「お前が生まれた日だからだ。」

「…貴重な族長候補が生まれた日。」

「…………。冬牙、」


氷は眉を寄せ、冬牙に呼びかけた。

冬牙は変わらず氷を見据えている。



氷が発すべき言葉は空へ消えた。
消さざるえなかった。
なぜなら冬牙に心を与えてはいけないから。


氷は瞳を閉じ、己に渦巻く感情を抑えるのに努めた。