確かに、手応えがあった。
地を蹴り、刃が走るその先に重く、それでいて柔らかな感触。
若い肉に突き立つ、刃に伝う蹂躙の証。
叩き込まれた切っ先を押し返そうと未発達な肉は抵抗を試みるが刃を享受するしかなく、深い鉄の匂いを撒き散らしながら腱や筋、血管、骨を断たれ。
生命の具現化とも思わせる深紅が、その力を示すかのように吹き出して。
その、踏みつけた命が、潰えて逝くのをひしひしと感じていたというのに。
「ぅわっ!」
尻の下にあったはずの小柄な肉体が霧のように消え、男は無様に尻餅をついた。
慌てて当たりを見回すと森を抜けた小高い丘は、気付けば何もないただの闇と化していた。
そして。
何処からともなく、木霊するようにクスクスと笑い声が響く。
わずかに聞こえるのは、澄んだ透明感のある音色、オルゴールだろうか。
すぐ近くのようで、遥か彼方からのような距離感の掴めない旋律。
下手なB級ホラーのような、そんな不気味さで、声は男を嘲笑う。
冷水を浴びせられたような感覚に、冷静さが戻ってくる。
視界は無い。
どちらが天でどちらが地であるか、それさえも定かでなくなる程の漆黒がそこはあった。
「だっ、誰だ…っ」
刺さるような空気に、闇に染まった世界、不気味な笑い声、オルゴールの旋律。
この状況下において、恐怖を煽る以外のなにものでもなかった。
「なっなんっ何だっ?」
恐慌状態に陥った男は、闇雲に手を動かし、見えない声の主を掴もうとする。
今にも叫びたい恐怖を押さえ込んだのは、おそらく叫んだが最後二度と冷静にはなれないのを本能で感じ取っていたからだろう。
だが、今の状況が必ずしも冷静であるかと問われればそれはやはり否と言うしかなかった。
手のひらにあったはずの唯一の武器も何時の間にか何処かへ消えてしまっていた。
競り上がるような恐怖に、あたかも小さな子供が駄々を捏ねるように両腕を振り回す事で耐えようとする。
それを軽蔑するように、嘲笑は更に高さを増した。
そして。
『あーぁ。最期のチャンス、だぁったのに。』
恐怖に沈んだ耳朶を打ったのは、少年のような青年のような、少し間延びした声だった。
囁きにも似た響きに男は飛び退くが、勿論そこには何も、誰もいない。
しかしそれは、何よりも冷酷な引導の合図。
「ひぃっ!」
恐怖は男の魂に食らいついた。
それさえ見透かすように、声は断罪する。
『…今更、遅い。』
吐息を吹き込まれるように、声音が左の耳元にした。
気配もないのに、すぐそばで。
それは悪夢以外の何物でもなく、男を恐怖が支配する。
飛び上がり、尻で這うように声から逃げる。
だが。
『バカだなぁ。ホントのホントに、最期ぉのチャンスだったのに。』
その背後で衣擦れとはっきりとした声がする。
『クローダ・リヨ?』
名を呼ばれ弾かれたように振り返れば、闇に溶ける、深く漆黒のフードを被った人影が見えた。
断定はできないが、浮かび上がるように見えたフードの下の口許。
鮮やかな笑顔を刻む…。
それはあたかも、人ならざる者。
まるで、死神。
そう感じた刹那、男の心は最後の一欠けを恐怖一色に染めた。
「ぅ…、うわぁあぁあああぁっ!」
悲鳴を上げて、男はまろぶ様に走り出した。
地を蹴り、刃が走るその先に重く、それでいて柔らかな感触。
若い肉に突き立つ、刃に伝う蹂躙の証。
叩き込まれた切っ先を押し返そうと未発達な肉は抵抗を試みるが刃を享受するしかなく、深い鉄の匂いを撒き散らしながら腱や筋、血管、骨を断たれ。
生命の具現化とも思わせる深紅が、その力を示すかのように吹き出して。
その、踏みつけた命が、潰えて逝くのをひしひしと感じていたというのに。
「ぅわっ!」
尻の下にあったはずの小柄な肉体が霧のように消え、男は無様に尻餅をついた。
慌てて当たりを見回すと森を抜けた小高い丘は、気付けば何もないただの闇と化していた。
そして。
何処からともなく、木霊するようにクスクスと笑い声が響く。
わずかに聞こえるのは、澄んだ透明感のある音色、オルゴールだろうか。
すぐ近くのようで、遥か彼方からのような距離感の掴めない旋律。
下手なB級ホラーのような、そんな不気味さで、声は男を嘲笑う。
冷水を浴びせられたような感覚に、冷静さが戻ってくる。
視界は無い。
どちらが天でどちらが地であるか、それさえも定かでなくなる程の漆黒がそこはあった。
「だっ、誰だ…っ」
刺さるような空気に、闇に染まった世界、不気味な笑い声、オルゴールの旋律。
この状況下において、恐怖を煽る以外のなにものでもなかった。
「なっなんっ何だっ?」
恐慌状態に陥った男は、闇雲に手を動かし、見えない声の主を掴もうとする。
今にも叫びたい恐怖を押さえ込んだのは、おそらく叫んだが最後二度と冷静にはなれないのを本能で感じ取っていたからだろう。
だが、今の状況が必ずしも冷静であるかと問われればそれはやはり否と言うしかなかった。
手のひらにあったはずの唯一の武器も何時の間にか何処かへ消えてしまっていた。
競り上がるような恐怖に、あたかも小さな子供が駄々を捏ねるように両腕を振り回す事で耐えようとする。
それを軽蔑するように、嘲笑は更に高さを増した。
そして。
『あーぁ。最期のチャンス、だぁったのに。』
恐怖に沈んだ耳朶を打ったのは、少年のような青年のような、少し間延びした声だった。
囁きにも似た響きに男は飛び退くが、勿論そこには何も、誰もいない。
しかしそれは、何よりも冷酷な引導の合図。
「ひぃっ!」
恐怖は男の魂に食らいついた。
それさえ見透かすように、声は断罪する。
『…今更、遅い。』
吐息を吹き込まれるように、声音が左の耳元にした。
気配もないのに、すぐそばで。
それは悪夢以外の何物でもなく、男を恐怖が支配する。
飛び上がり、尻で這うように声から逃げる。
だが。
『バカだなぁ。ホントのホントに、最期ぉのチャンスだったのに。』
その背後で衣擦れとはっきりとした声がする。
『クローダ・リヨ?』
名を呼ばれ弾かれたように振り返れば、闇に溶ける、深く漆黒のフードを被った人影が見えた。
断定はできないが、浮かび上がるように見えたフードの下の口許。
鮮やかな笑顔を刻む…。
それはあたかも、人ならざる者。
まるで、死神。
そう感じた刹那、男の心は最後の一欠けを恐怖一色に染めた。
「ぅ…、うわぁあぁあああぁっ!」
悲鳴を上げて、男はまろぶ様に走り出した。



