佐野さんはお店の暇を見ては、私にフラワーアレンジメントを教えてくれた。
中学時代の夢をノハラが喋ったからだ。

「僕で良ければ教えるよ」

人のいい佐野さんに甘え、少しずつ形になって行くブーケや花かご。いつしか自分も、上手くなりたいと思うようになっていた。


「花穂ちゃん、ここの仕事慣れてきたみたいだね」

働き出して二ヶ月くらい経った頃、そう言われた。

「はい…やっと水にも慣れてきました」

絆創膏の減った手を見せた。近頃は、常連さんとも少し会話ができる。

「そろそろコンビニのバイト辞めてこっちに専念しない?いつまでもかけ持ちじゃ大変だろう?」

フルタイムで雇ってくれると言う。
願ってもない申し出に、大喜びで即答した。

「お願いします!頑張って働きます!」

大好きな花に囲まれた仕事。これまでより一層、夢に近づいた。

(そうだ!ノハラに報告しよう!)

バイクを走らせて辿り着いた家の庭では、立葵の花が咲き揃っている。
それを見上げるような格好で、おばあちゃんが立っていた。

(相変わらず、頑張ってる…)

嬉しくなって、ゆっくりと近づいた。

「こんにちは」

声をかけると、こちらを向いて微笑んだ。

「カホちゃん、いらっしゃい。お久しぶりだねぇ」

人懐っこそうな顔。ノハラのおばあちゃんは、ホントに愛嬌良くて可愛らしい。

「真ちゃんに会いに来たのかい?」
「はい。仕事のことで話があって」

おばあちゃんは、相変わらず私をノハラの彼女と勘違いしてるらしく、ニヤニヤと意味深な顔をする。
こっちはそれにも慣れてしまって、さらりと受け流せるようになっていた。

「真ちゃんなら温室だよ。行ってごらん」

向きを変えて指差された。

「ありがとうございます。お邪魔します」

サクサクと砂利を踏んで行く。

真夏の温室はジャングルのように暑苦しい気がして、入るのを躊躇いたくなるけど、入ってしまえば外とあまり変わりない。
空気の流れを作る為の扇風機が、風を送っているからだろうか。

(どこにいるんだろ…)

例によってメアドも何も交換していない。急に行っても、ノハラは一向に構わない風だったから。

キョロキョロしながら、並んだ鉢の間を探してみた。

(あっ…いた)

温室の隅で、ぼんやりと突っ立っている。
背後から近づき、わっと驚かそうとして……

思いとどまった。