茂にとっては、初めての消しゴムが飛んでこない授業だった。
 午前の授業が終わるとみんなと机を並べて給食を食べた。
 それも初めての経験だった。
 麻友が、一方的に茂に話しかけていただけだったが、それでも楽しかった。
 麻友がたまに冗談を言って茂を楽しませた。
 幸せだった。
 茂にとって学校は居場所のない場所だった。
 だけど、自分がそこにいていいと思えたのは初めての経験だった。

「来島!飯食ったな?サッカーしようぜ!」

 先ほど、【猫ナベ組】と茂にいった男子生徒が声をかけてきた。
 茂は、少し戸惑った。
 茂は、サッカーはキーパーしかやったことがなかった。
 両手をなわとびで縛られサッカーボールの的にしかやったことがなかった。
 だから、今回もそうではないかと思った。

「僕、サッカーやったことないんだ」

 だから、やんわりと断ろうとした。

「だったら俺が教えてやるよ!
 PKしようぜ!」

「うーん」

 茂が悩んでいるとその男子生徒は、茂の腕をひっぱった。

「いいから!いいから!」

 茂は名前も知らぬ男子生徒に連れられて運動場のゴールの前に連れて来られた。
 そして、その男子生徒は手袋をつけて言葉を放つ。

「さぁ!来い!」

 男子生徒は、そう言ってゴールの中心で仁王立ちして構える。

「え?」

「『え?』じゃない。
 ボールを蹴るんだ!」

「僕が蹴るの?」

「ああ、俺は世界一のキーパーになるのが夢なんだ!
 どんなボールもキャッチするぜ!」

 男子生徒は、そう言って手をパンパンと叩いた。

「じゃ、行くよー」

 茂は、サッカーボールを蹴った。

 コロコロコロコロ。

 ボールが転がる。

「おいおい。
 それがお前の本気か?」

 男子生徒が小さく笑う。

「本当にいいの?」

「ああ。
 どんと来い」

 男子生徒は、そう言って手をパンパンと叩いた。
 その後、チャイムが鳴るまで茂はボールを蹴った。

「お前、なかなか体力あるな!
 その歳で俺の体力に合わせれるなんて見どころあるぜ!」

「そっかな……」

 茂は、イジメられて自分でも気づかない間に体力がついていたのだ。

「ああ、俺の名前は中居 柾(なかい まさき)」

「え?」

「自己紹介まだだっただろ?」

「うん。
 僕は来島 茂」

「ああ、知ってる」

 柾が、笑う。
 すると自然に茂にも笑みが浮かんだ。
 茂の孤児院以外で友だちが、はじめて出来た瞬間だった。