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 学校の七不思議を解き明かすため、夜の校舎に忍び込んだあたしたち。校庭に忍び込み、グランドを壁伝いに進んで、できるだけ見通しの悪い体育館裏の藪の中を懐中電灯を頼りに進んでいく。

七音「あたし、ここ通るの嫌いやねんやけど…
   うちの体育館の屋根ってコウモリ住んでるらしいやん」
雪「我慢して、もう少ししたら例の祠があるから
  そこで藪を抜けるわ」

あたしが通うこの中学校には飼育員が代々管理してある祠があり、亡くなった飼育動物を弔ってある。隣には飼育動物が飼われているケージもあり、夜になると中の動物の目がギラギラと光って見える上、動物を弔った祠まであるのだから、学校で肝試しを行う際のルートには必ず入っている場所だ。確かに雰囲気こそ不気味だが、ここで心霊現象の類に遭遇したことはない。もっともガサガサと物音がしたところでケージの中で動物が動いたに過ぎない。聴覚における違和感なら、たいてい動物のせいにできるため、物音にぎょっとすることはない。

「…あ~、やっぱりリンゴはうまい! …でもいかんせん飽きたな」

七音「平和、今なんか言った?」
素子「いや…何も…」

先程聴覚における違和感は問題ないと言ったが、いささか勝手が違ってきた。

「まあ、確かに死神はリンゴ好きだけどさ…
 やっぱりずっとリンゴは飽きるじゃん、あ~あ
 リンゴ以外の供え物ないのかな~」

物音どころの話ではない。完全に日本語でしゃべっている。ケージの中にいる動物はウサギとヤギとニワトリだけで言葉を話すことができる動物なんていやしない。そもそも、あそこまで流暢にしゃべれる動物は人間以外に存在しない。明らかにあたしたち以外の誰かがいる。それがあたしを含めた3人、超常現象研究所が導き出した答えだった。幸い、相手側はこちらには気づいておらず、独り言を漏らしているだけのようだが、不気味なことに幼い女の子の様な声色をしている。この夜の校舎を、自分たちよりも年齢が下の子供がうろついている。考えただけでも不自然極まりない。

「あれ、お前ら、そこで何してるんだ?」

気づいていないと思ったのも束の間、なんと向こう側から話しかけてきた。「おまえには言われたくない」、口をつんざいて出てきそうになる言葉を押し殺し、ひとまずは3人そろってこの世にも不審な少女を無視することにする。格好も実に怪しく、深緑色のフード付きのローブに、銃刀法違反も甚だしい人の背丈どころかあたしの背丈でさえゆうに超える巨大な鎌を背負っており、まるでハロウィン気取りだ。その上先程も自分のことを死神などと謳っていた。関わらない方が身のためだ。

「あ、おい! 待てよ」

呼び止められた気がするが、振り切って校舎の中にスタスタと入って行く。校舎に入るルートは、ずぼらであることで有名な保健室の先生がよく窓の鍵を閉め忘れているのを利用させてもらう。

素子「やっぱり今日も開いてたね」

校舎に入るまでは、なんとか無事に終了し、そっと胸をなでおろしたところで、ユッキーが皆が思っていた疑問を聞いてきた。

雪「あのさ、真面目に考えてみたんだけどさっきの子何してたのかな…」

だが当然、その答えを知る人など誰もいない。考えてみたところで見当もつきそうもない。

七音「まあまあ心配やけどさ、さっさと任務始めよう
   さっさと終わらせて帰りたいし」
雪「あれ~、もしかしてビビってるの~?」
七音「び、びびってへんわ! 早く帰らんと
   ややこしいことなったら嫌やろ!」

雪に煽られて七音が少し癇癪を起したところで、ドタドタドタ。またひとつドタドタドタと物音が。物音は近づくわけでもなく、遠ざかるわけでもなく、まるで同じ場所をぐるぐると行ったり来たりするように響いてくる。

七音「なあ、やっぱり…誰かおるんちゃう?」
雪「い、いいいい、いるわけないでしょ?びび、びびってんじゃないわよ」
素子「いや、完全にビビってるじゃん…きっとネズミでも忍び込んでるのよ」
七音「ネズミがあんなでかい音立てるかぁ!」

言い争いをしていると再びドタドタドタ。ドタドタドタと何かが走り回るような物音が再び聞こえてきた。もはや聞き間違いや勘違いでは済まされない。

素子「おかしいわね、ここに来て気のせい以外で
   説明できない超常現象があるなんて…」
七音「最初っから全部それで片づける気やったんかい」

明らかに校舎の中に何かがいる。それを確信し。肩をこわばらせて固唾を飲みこんだそとき、後ろから不意に声がした。

「なんか、面白そーなことやってるなー」
「うわぁあああっ!」

緊張に身体を硬直させていたところに背後から急に話しかけてきたのだから、腰を抜かさずになどいられない。3人合わせて仲良くスッ転んだところで、目に入ったのは先ほどのローブを着た少女だった。ローブのフードをめくりあげ、ため息をひとつつく少女。自分の背丈をゆうに超える大きな鎌を背負っているのはいかにも怪しいが、フードをめくって現れたのは以外にも端整で可憐な顔立ちだった。西洋人のように白い肌と眩しいほどに輝くツインテールの金髪。そして人間離れした真っ赤に燃える炎のような紅蓮の瞳。

「なあ、何やってるんだ? こんなとこで」
素子「いや…あんたに言われたくないんだけど…というか誰?」

「ああ、あたし? ナラクっていうその辺にいる死神」
素子「死神の時点でその辺にいないわ!」
ナラク「まあ、死神ってだけで別に怪しい奴じゃないから安心しろ」
素子「いや、というか死神なんていないよね…」
ナラク「あと死神と言ってもカタギには手を出さないことにしているから
    そのへんも大丈夫だ」
七音「カタギて…」

可憐な見た目に似合わず、言動はどこか親父クサい。そして少々棘があり、毒も混じっている。

雪「というか、あのちんちくりん、本当に死神なの?」
素子「さあ…そもそも死神なんて存在しないし…」
七音「とにかくほっとこ! さわらぬ死神にたたりなして言うやん」
素子「いや、一文字多いから」

とりあえずナラクとかいう自称死神は置いておいてこの保健室から廊下にでようとするあたしたち。だが、それには外の様子を確かめる必要がある。何しろ、先程からドタドタと走り回る足音は保健室のドアの向こう。つまりは保健室前の廊下から聞こえてくるのだ。ドアに耳をそばだてて、近づいたり遠ざかったりと相変わらずぐるぐると走り回る足音からタイミングとともに廊下の様子を探ろうとする。

ナラク「なあ、何やってるんだ?」

雪「どうする?死神がなんか聞いて来たよ」
七音「どうするかって言うたかて無視するしかないやろ」
素子「でもここにいたんじゃ、どうせ逃げ場所ないよ」
七音「うるさい!死神なんか関わらんほうがええやん!
   早よ帰りたいし!あたし早よ帰りたいし!
   もう、こんなところおってもしゃあないわ!」

臆病なのか、それとももともと気が短いのか。再びかんしゃくを起こして、ついに七音は保健室の扉をぶち開けてしまった。その瞬間、あたしたちの目に入ったのは、クラウチングスタートの姿勢で今にも走りださんとしている人体模型だった。


「…今の…何…?」