プロローグ1

 さとり世代。親が就職氷河期を経験した世代で、バブル崩壊の苦汁をなめている家族を目の当たりにしながら育ったため、基本的に世の中に対して幼いながらも冷めた視線を持っている。ゆとり世代に続き、現代の若者にレッテルを貼るために作られた言葉だ。

先生「え~、では次に…、平和さん 将来の夢の作文お願いします」
素子「はい」

この平凡すぎる名前、「ひらわもとこ」というのが、あたしの名前。当て字などを多用した名前がDQNだの、キラキラだのと持てはやされ、子供の人生に悪影響を与えると言われていたのを受けて、平凡な名前を付けたのだ。つまらないとは思っているが、読みにくい名前を付けられるよりはましだと自分で思っている。そんな平凡に生きることが最大の目標という時流の中で育てられたあたしが小学校の時に出された作文のテーマが、「将来の夢」というひいおじいちゃんか、ひいひいおじいちゃんの世代からあったようなありきたりな内容だった。このありきたりなテーマにあたしが出した答えはなぜか伝説になってしまった。

素子「将来の夢、あたしは普通に生きたいです」

そう答えてしまったからだ。恐らく先生は、男の子ならパイロット、女の子ならお菓子屋さんといったような平凡な答えを望んでいたのだろう。でもあたしにとっては、それが自分の望んでいることそのままだったのだ。別にあたしに罪はない。最初の一言で先生の苦笑いを買ったが、もうその当時のあたしは目の前の原稿用紙の文字を追うだけで精いっぱいだった。年収に高望みはせず、だいたい中の下、よくて中の上くらい、公務員で給与の変動が激しくない男の人と結婚する。専業主婦か子供を育てるのに支障のないパートをして普通に暮らすなど小学校の女の子が描く将来とは到底思えない夢をつらつらと読み上げた後、先生がひきつった苦笑いを浮かべていたのは今でもよく覚えている。そんな世の中に期待しない典型的な悟り世代の育ち方をしたあたしは、ファンタジー小説や漫画などの類が大嫌いだった。空想という時点でどこか近づきがたくさえ思えて、小説や映画は主にノンフィクションや伝記作品に親しんでいた。そんなあたしは平凡平凡と言いながら、何とも捻くれた少女に育ってしまった。だが所詮事実は小説よりも奇なりという言葉もある通り、不可解なこともたくさんある。中でも最も不可解なのは、あたしが所属している部活のことだろう。現在あたしは中学生に進学し、部活に入らなくてコミュニティから外れ、3年間ぼっちという苦汁をなめるわけにはいかないので、一応の所属を確保しておくことにした。ただ、その所属がよりにもよってあたしとは一番性の合わないものだった。

雪「い~い!? 今日こそ、絶対に学校の七不思議を暴いて見せるんだから!」

意気揚々と黒板をどんどんと叩いているのがこの部活の部長、ユッキーこと、麻芽雪(あさめ ゆき)。部活とは言ってもこの部活、部員があたしを含めて3人しかいないため部活と呼んでいいかどうかは甚だ怪しい。

七音「七不思議って、学校に6時以降おったら怒られるやんか…
   昼間に起きる七不思議なんて聞いたことあらへんわ」
雪「七音は相変わらず真面目ね、そんなの忍び込んじゃえばいいのよ」

あたしとユッキーを除いたもうひとりのメンバーが、関西弁がトレードマークの萩野七音(はぎの ななね)。唯一の幼馴染で、オカルトの類が大嫌いという部長のユッキーとはまるで正反対のあたしがこの部活にいることに疑問を感じている。

七音「いや、ユッキーそれやってさんざん起こられたやん!
   今度忍び込んだのばれたら、この超常現象研究所解体やで!」

そう、世の中に起こる科学では説明できないとされているものを探し求める、あるいはそうだと思われているものを科学的に実証して、そんなものはない。所詮、幽霊も超能力もすべて、人間が勝手に作り出したものでしかないということを証明する。両方の捉え方から超常現象にアプローチしようと結成された部活。それが超常現象研究所というわけだ。ちなみに、あたしはもちろん後者の姿勢をとっている。今回議題になっている学校の七不思議というのが次のようなものだ。

1.夜になると音楽室のベートーベンの肖像画の目が光る
2.夜の校舎の4階の階段を上がるときは12段なのに下りるときは13段になっている
3.夜になると人体模型が廊下を走り回る
4.夜にトイレの合わせ鏡を覗き込むと、鏡の中の世界に閉じ込められる
5.学校の七不思議って5つ目ぐらいからうろ覚えだよね?
6.たぶんある
7.おそらくある

七音「っていうかこれ、毎度思うねんけど、ちゃんと7つ目まで把握しようや」
素子「まあでもこのうち、2つくらいはあたしが解決したし…5から7番目もどうせ
   実証できるでしょ」

1番目と2番目のものについては、あたしの名推理で解決させてもらった。

1.夜になると音楽室のベートーベンの肖像画の目が光る
→気のせい
2.夜の校舎の4階の階段を上がるときは12段なのに下りるときは13段になっている
→気のせい、多分疲れてた

この調子でいけば、学校の七不思議は全て解決できるんじゃないかと勝手に思っている。

七音「いや…あんたの名推理って…何も考えてへんだけやん…気のせいって…」
雪「まあでもこの2つについてはそれでいいでしょ」
七音「結局あんたも適当かっ!」
雪「とにかく、この部活も成果を出さないと取潰し、学校に夜忍び込んだことが
  バレても取潰しという板挟みの状況なの! 早急に活動すべきよ!
  …えー、おほん、というわけで態勢を整え直して夜に集合!」

予想はついていたが、作戦会議はものの5分で終了し、夜に学校に忍び込むといういつもの段取りとなった。

 時間は夜の9時過ぎ。この時間に家を抜け出すのに毎回言い訳をひねり出すのが厄介だ。そしてもうひとつ厄介なのが施錠された校舎に忍び込むという作業だ。まずは背丈をゆうに超える門をよじ登らなければいけない。まずはひとりがひとりを肩車する。このとき、3人の中でも身長が比較的高めなあたしがいつも土台にされる。運動神経が抜群で腕力もある七音がよじ登り、門の裏側に回る。そして、門の脇にある勝手口の鍵を裏から開ければ出入りが可能になる。

雪「で?持ってきた? 幽霊がもしいたときに退治する道具」
七音「とりあえず、掃除機と腕時計持ってきたけど、これ何に使うんや?」
雪「腕時計はちゃんとライト付きの奴にした? そうじゃないとようか…
  じゃなくて幽霊が見えないからね」

素子「今、妖怪って言いかけたよね…」
七音「じゃあ、これで幽霊をウォッチした後どうすればええねや?」
素子「もう確信犯だろ!」
雪「そうしたら、そっちの掃除機でオバ…じゃなくて幽霊を吸い込むの!
  名付けてゴーストダスターズよ!」
素子「ああ…もう今回、こういう作品なんだ…」

こうして、超常現象研究所改め、ゴーストダスターズの任務が始まったのだ。でもこの時のあたしはまだ知りもしなかった。この任務があたしの人生を変える、ある出会いにつながるということを。


「…あ~、やっぱりリンゴはうまい!」