彼は、ゆっくりと顔を上げて、母を見た。

「賭けに負けたら、賭けたお詫びに毎日寝る前に生まれてきた彼にキスをします。毎日、愛してると言います」

負けることはありませんが、と彼は言う。


「良いでしょう」

母との勝負はその一瞬だった。


「私が負けたら、彼女の七五三には特注の着物を用意しましょう」

ツンツンそう言うと、席を立った。

美鈴に『10分後に練習を再開しますよ』と伝えて。


呆然とする私とデイビットさんに、美鈴がクスクスと笑いだす。

「七五三って。お母さん、そんな先まで考えてるんだ」

あんなに興味ないふりしてと、とうとうお腹を抱えて笑いだす。
私も、これは許しを得たのだとやっと理解して、へなへなと身体中から力が抜けていった。


「美麗、着いてきて」

デイビットさんは笑わず、私に手を差し出すと歩き出す。
その後ろを美鈴も着いてきた。

月が、齧られたように欠けて浮かぶ夜だった。
私の泣き場所だった桜の木の下で、母が袖で目元を拭いていた。

月明かりでしか見えなかったけど。