母との勝負は、一瞬だった。
産婦人科から帰り、あとは母との話しあいをするのみだった。
でも予想はしていたけど行ってすぐお弟子さんが玄関まで出てきて門前払いだった。
三味線の音がするのに、母は長期の出張へ出かけているらしい。
「おじゃまします。着替えとったらすぐに出ていきますので」
「美麗さん、困りますよ!」
慌てて追いかけてくるお弟子さんをすり抜けて、私は自室へ向かうふりをした。
その後ろから、デイビットさんもネクタイを触りながら入って来る。
「美麗さん!」
呼ばれても振り切って、聴こえないふりをしながら自室を通りすぎ稽古場へ向かう。
居るのは明らかだった。
「失礼します」
勢いよく襖をあけると、扇子を持って舞っている美鈴と三味線を奏でている母が此方を見る。
隅の方では順番を待っているお弟子さん達も見えた。
「何をしに来たの? 稽古中なのだから出て行きなさい!」
張り上げた声に、心臓はバクバクいいながらも息を整えて正座した。
「今までお世話になりました」
その言葉は、乾いてパラパラと音を立てて零れ落ちていく。



