「どうして私の名前を……?」
「どうしてでしょうか? この桜の妖精が私の耳元で囁いたのかな。君の妹さんが廊下で叫んでたのかな」
「――あ、見苦しい所をお見せしてしまいました」
先ほどの美鈴の声が応接間まで聞こえたのかと思うと頭が痛い。
デイビットさんは扇が気に入ったのか、ひらひらと肩から流すように揺らしている。まるで、風を切るような。着こんだベストは暑そうなのに、汗一つ掻かず、にこやかで、それがかえって裏がありそうで、何だか優しい顔も不気味に思ってしまう。
「美しいの美に麗しいの麗で美麗。素敵な名前ですよね」
似あわない名前だが、デイビットさんはわざわざ地面に書いてた。外国人なら、その画数や形に衝撃を受けるような、形をしているのを知っていたけど。
――この人、字まで綺麗だ。
「美しい名前ですよね。ですが」
パチンと扇が閉まる。重い扇をやすやすと片手で閉めると、気に入ったのかまた、パチンと鳴らして開く。
「泣いている貴方を泣きやませなければ、英国紳士の名も廃る」
クスクスと難しい日本語を使ったデイビットさんは、靴も履かず、桜の木の下の私の隣まで降りてきた。



