「……私、八峠さんに『囮になれ』って言われたんです。
逃げ足には自信があるんで、走って走って走りまくって、そして おびき出した幽霊を八峠さんが倒す。 という感じで、一緒にやろうって言われたんです」
「でも怖い?」
「……はい」
「うん、普通は怖くて当たり前だと思う。 狙われ続けてきた杏さんが幽霊を怖く思うのは当然だよ」
スッと横に並んだ薄暮さんは、いつもの丁寧な口調とは少し違っていた。
オサキと話してる時のように砕けた言葉遣いだけど、あの時のように明るい感じではなくて、重くて苦しそうな声だった。
「僕も怖いよ。 絶対に死なない。というわけじゃないし、当然痛みも感じるしね」
「……だけど、薄暮さんは逃げない……?」
「逃げないね。 前は逃げてしまったけれど、今はもう逃げないよ」
……薄暮さんも逃げたことがあるの……?
それっていつのこと? どういう時のこと?
と、色々なことを聞こうと思って薄暮さんを見つめた時、薄暮さんは微笑みながら私の髪を撫でた。
「僕は、仲間を見殺しにして逃げたんだ」
「え……?」
「僕にもっと力があれば、みんなを死なせずに済んだと思う。 ……でもあの時は、逃げる以外に方法は無かったんだ」
あの時……仲間……。
彼の言うソレは多分、不老不死の水を飲んだ時のことを言ってるんだと思う。
というか、私が知っている話はそれしかない。
……薄暮さんは、カゲロウに殺されようとしている仲間を、見殺しに……。
「……少し場所を変えましょうか。 僕らの話し声のせいで彼を起こしてしまったら、延々と文句を言われますので」
……普段と同じ口調に戻った薄暮さんは 眠り続けている八峠さんを見て微笑んだあと、そっと私の手を握り締めた。