【それぞれの思い】




──それから数日が経った。




(……八峠さん、今日もまた来るのかな……)




学校からの帰り道で、ハァ……と深くため息をつく。

あのあと、カゲロウは私たちの前には現れていない。

他の『カゲロウの血』のところに現れたという話も聞いていないし、緊迫した様子も無い。


いつまた狙われるかはわからないけれど、少なくとも今は、ごくごく普通の生活を送ることが出来ている。

……学校に行って帰ってくるまでは、だ。




『杏チャンは、八峠クンのことが嫌いかい?』




歩道を進んでいく私の横にピッタリとついて歩くオサキが、私の顔を見上げる。

彼はあの日からずっと私のそばに居て、必要に応じて結界を張ってくれていた。


オサキの結界とお札の守り。 それを併用することで、今まで以上に幽霊との接触を防ぐことが出来る。

だから私は、ごくごく普通の高校生として日常を送ることが出来ていた。


……さっきも言ったように、学校に行って帰ってくるまでは、だけどね。




「……普段の八峠さんは、どちらかといえば嫌いだよ」

『じゃあこの時間の彼は?』

「嫌いっていうか、怖い」


『アハハ。 なるほど、確かに怖いねぇ』

「もぉ……他人事(ひとごと)だと思って……」

『ゴメンゴメン。 でも、危なくなったらちゃんと助けるよ』




ピョン、と軽くジャンプして私の肩に乗ったオサキは、真っ直ぐに前を見つめた。

……オサキの見つめる先に、黒い服の男が立っている。




「よう、双葉 杏。 今日も始めるぞ?」




ニヤリと笑う男──八峠さんは、右手の指をパチンと鳴らした。

その直後に、周囲の空気が重くなる。




「殺(や)らなければ殺られる。 だから殺れ」





八峠さんの背後から幾つもの黒い塊が飛び出してきた。

……始まった。


これは、生死をかけた戦いだ。