「……確かに世界は救われるだろうな。 雪が蘇れば、陽炎が世界を滅ぼすことはない」

「……」

「だが、雪は雪自身で死を選んだんだ。 八峠の力で助かったとしても、彼女は再び死を選ぶ。
そうなれば世界は滅ぶだろう。 陽炎がすべてを壊すのは、時間の問題だ……」




そんな……。

結局私たちにはもう、何も出来ないの……?




「八峠は本気だった。 本気で、世界を……いや、愛する者を守ろうとしていた」




私を見たイツキさんは、微笑んだあとに目を閉じた。

彼の呼吸がますます弱くなる。

この人はもう、長くはない……。




「俺も守りたかったんだ。 陽炎の笑顔を、雪の笑顔を……。
だけど八峠を見て気付いたよ。 人は、限りある命の中だからこそ輝ける……。
……俺に笑顔を見せた八峠は輝いていた。 何百年と生きてきた中で、俺はそんな風に笑う人間を初めて見たんだ。
いや……ずっと目を逸らしてきたのかもしれないな……。 永遠を生きてきた陽炎には無いものを、見ないようにしていたのかもしれない……」




目を閉じたまま笑っているイツキさんは、それ以上は何も言わなかった。

ただただ、彼は眠るようにそこに居た。







「……オサキ、準備して」




静かな部屋の中に、薄暮さんの声が響く。

……カゲロウのところへ行くんだ。 すべてを終わらせるために……。




「杏さんはここに残って、雨音さんたちと居てください」

「……っ……でもっ……!!」

「お願いします」




……薄暮さんは、初めて会った時のように堅苦しい言葉遣いをしていた。

私に見せる笑顔はいつもと変わらないのに、それでも彼は、私から離れていく……。




「……戻って、くるよね……? 八峠さんを連れて、ちゃんと帰ってくるよね……?」




涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら、真っ直ぐに薄暮さんを見る。

けれど彼は、私に笑顔を見せるだけで 何も返事はしなかった。




「雨音さん、氷雨くん。 あとを頼みます」




……そう言った直後、薄暮さんはオサキと共に姿を消した。