【氷雨side】


………

……




自室で双葉ちゃんとの電話を終えた俺は、リビングへと戻った。

雨音さんはソファーの上で祈るように手を組んで目を閉じている。




「母さん、向こうは大丈夫そうだよ。 でも、やっぱり標的は『カゲロウの血』みたい」

「……そう。 でも無事なのよね?」

「うん、大丈夫」




雨音さんの横に座り、そっと静かに息を吐く。


……隣に居る彼女は小刻みに震えていた。


それは多分、殺意を持った霊の大群に怯えてるわけじゃなくて。

きっと、“5年前”のことを思い出しているからだ。




「母さん」

「……」




……返事は無い。 俺のことを見ようともしない。

だからこそ俺は、今度は彼女の名前を静かに呼んだ。





「……雨音さん」

「あ……」




ようやく反応してくれた。

でも、彼女はいつものようには笑ってくれない。


馬鹿みたいに騒いでいるのが雨音さんなのに、今はまるで別人だ。




「雨音さん。 心配しなくても大丈夫だよ」

「……そうよね……5年前とは、違うもんね……」

「うん、違うよ。 まぁ5年前よりも今の方が断然ヤバいけど、でも俺はもうガキじゃないし、ちゃんと戦える。
それにさ、仲間も居るじゃん? 八峠さんって変なオジサンだけど、メチャクチャ強いらしいから心配無いよ」


「……うん、弱気になってちゃダメよね。 ゴメン、ありがとう」

「どういたしましてっ」

「でも私のことは『お母さん』って呼びなさい。 次に『雨音さん』って呼んだらぶっ飛ばすわよ?」




母さんって呼んでも反応しなかったくせに。 と思いながらも、俺は満面の笑みを浮かべていた。

大丈夫。ちょっとずつだけど、いつもの雨音さんに戻ってきてる。


元気があってこその雨音さんだ。