……薄暮さんは、『もう逃げない』と私に言った。

どんなにツラくても、苦しくても、それでも彼は、もう逃げない。


色々な想いを胸の中に仕舞い込んで、戦っているんだ……。




「……薄暮さん」

「うん?」

「……秋さんの霊は、どんな想いを持っていましたか……?」




……こんなことを薄暮さんに聞くなんて、とても残酷なことだと思う。

感情を無くしてまで戦っている薄暮さんにこんなことを聞くなんて、本当にヒドいことだと思う。


でも……それでも私は、秋さんの想いを知りたかった。


そんな私に、薄暮さんは優しい笑顔を見せる。






「彼は、お父さんみたいな立派な宮司になりたいと小さい頃からずっと思っていた。
『カゲロウの血』だから、いっぱい大変なことがあったし、これから先もいっぱい大変だと彼は知っていた。 それでも、自分に出来ることを探して一生懸命に生きていたよ」

「……はい……」

「杏さんと出会ったあとの記憶は、杏さんを心配するものばかりだったように思う。
いつもキミのことを想い、キミを助けたいと思っていた。 キミが笑ってくれることが嬉しくて、一緒に居られる時間が ただただ幸せで、この先もずっと一緒に居たいと願っていたよ」




……下唇を噛みながら、拳をギュッと握り締める。

秋さんの想いを聞いて、どうしようもないほどに胸が苦しくなる。


私が秋さんと一緒に居たいと願っていたように、秋さんも私との時間を、願ってくれていたんだ……。






「……彼は、亡くなる間際までキミを想っていた。 自分の死を覚悟しながら、自分が死んだあとのキミのことを心配していたんだ」

「……っ……」

「カゲロウの力に抵抗し、それでも落ちてしまったことを悔やみ、どうすればいいかもわからないままに、病院で二人を襲ってしまった。
止めたいのに止まらない。 誰も傷つけたくないのに傷つけてしまう。 ……彼は、バケモノとなってしまった体の奥底で、一人で苦しんでいた」




……病院で私たちに襲いかかってきた秋さんの霊は……秋さんは、苦しんでいたんだ……。

自分の意思じゃどうにも出来ないことを前にして、凄く凄く苦しかったんだ……。