「佐武。」
深夜の廊下に、諒の声が静かに響く。
急に荒れ始めた天候を、窓から見ていた執事は直ぐにはい、と返事をすると、主に向き直った。
「眠れないんですか?」
佐武は諒の祖父が雇った執事だった。
祖父が亡くなってからも本邸から離れずに働いてくれ、幼い頃から諒もよく知っている。
「まぁ、少し―」
「では温かい飲み物でも淹れましょう。どうぞ部屋でお待ちくださ―」
「佐武、飲み物はいい。」
佐武の言葉を遮って、諒は首を振った。
「実は、ちょっと話したいことがあるんだ。」
「話したいこと―?」
白髪眉がぴくりと動く。
今まで諒がそんなことを言った試しがあっただろうかと、不思議に思った。
ましてこんな真夜中に。
「どんなご用件でしょうか。」
「…坂月が石垣グループを買収しようとしている。」
感情を押し殺したような声で放たれた言葉は、老いた執事の心臓を震わせるには十分な重さだった。
「俺は解任された。」
「なんと…」
さすがに言葉を失い、佐武は狼狽える。
「結論付けたくはないが、坂月は前々から狙っていた節がある。それをふまえて、佐武に訊きたい。 」


