「でもさ、そんな金持ちの下で姉ちゃんが働くってどういう風の吹き回し?嫌いなんじゃなかったの?金持ち。」



駿も、自分が手に持っていく荷物を愛用のショルダーバッグに詰めながら、疑心暗鬼に駆られている。



「最初は断ったんだけど…ほぼ強制的に、ね。ま、喧嘩の腕を買われたって所かしら。」



安心させるようにおどけて見せると、駿は納得したように頷いた。



「あー、それはあるね。姉ちゃん味方に付けたら怖いもんないもんな。」



―敵だけどね。



頭の中に石垣の顔が浮かんで、沙耶は内心あかんべをしてやった。


駿に言うつもりはないが、それがなくても、石垣は沙耶を雇うつもりだったらしいということが、沙耶の中でずっと引っかかっている。



沙耶の腕っ節の強さを見る前から、石垣は沙耶と接触を持とうとしていたからだ。


しかもワインをぶっかけた復讐をする為だとすれば、沙耶の待遇を良くしてくれなくてもいいわけで。


それどころか、昨日の夕方の出来事のように、『信じる』なんていう信頼関係等、無いに等しいはずなのに。




―それに。




坂月の言ったように、石垣を狙う人物が特定できて、石垣の気が済んだら、沙耶はきっと解放される。



そしたら、生活は元に戻る筈だ。


未定の将来に不安は募るけれど、別に今に始まったことではない。



―今の内に貯金いっぱいしておこうっと。



なるべく楽観的に捉えようと言い聞かせながら、沙耶は最後のダンボールにテープを貼った。