「山南さん、神田です」

「どうぞ」

「失礼します」

 そう言って中に入った。

「神田君がここに来るなんて珍しいですね。どうかしましたか?」

 ここは薬などの研究をしている研究室。部屋だとばれる危険性があるためここにいるらしい。

「聞きました。薬、飲んだみたいですね」

「神田君、随分前から気づいていたでしょう。島原から戻ってきた、あのときから」

 気づかれてたのか。

「はい」

「来るならそろそろだと思っていましたよ」

 なら話が早い。

「私を殺しますか?」

「しませんよ」

 そう言うと彼はきょとんっとした顔でこちらを見ていた。

 そんな驚かれても困るんだが……。

「ここに来たばかりの私なら、容赦なくあなたを殺していたでしょう。ですが、どうも今の私はだめですね。私はここにいすぎたようです。情が湧いてしまうほどに……」

 死んでほしくないと、思ってしまうんだ。

「人間は嫌いなんじゃないんですか?」

 なんで知ってんだよ。

「顔にそう書いてありましたよ」

 こいつは心でも読めんのか?

「……確かに人間は嫌いです。でも、ここにいる人たちは嫌いになれないみたいなんですよ。信念を貫く強い眼差し、覚悟の強さ、そういうのがきっと、誠の武士と言われるものなのだと思います」

 『誠の武士』、そう言ってすぐに思い浮かぶのは、あいつの顔……。

 なんであんな奴の顔が浮かぶんだよ。

「そういう武士は減ってしまいましたからね。多くのものを守り、失い、どんどん心が濁ってしまうのでしょうね」

 それのいい例が私だな。

「山南さんも誠の武士と呼ばれるにはふさわしい人ですよ」

「いえ、私は……」

「少なくとも、まだ戦いたい理由があるから薬を飲んだんですよね?」

 自分自身を犠牲にしてまでも戦いたいと。

「はい。私はまだ、ここで皆さんと戦いたい。ここにいる人たちは私にとって家族ですから。たとえ化けものになったとしても生きられる道があるのならそれを掴みとります。家族を置いて先に行くわけにはいきませんから」

 家族……。

「もちろん神田君も家族の一員ですよ」

 山南……。

 目頭が熱くなるのを感じ、ぎゅっと唇を噛んだ。

「ありがとうございます。山南さんは、化けものなんかじゃありませんよ。立派な誠の武士です」

 こんな人が、化けもののわけがない。

「ありがとうございます」

「では、失礼します」

 ぺこりと頭を下げ、襖を開けた。

「神田君」

 ん?

「はい」

 くるりと後ろに振り返り、もう一度山南を見た。

「お元気で。また会えることを祈っています」

 ……っ! 気づかれてたか。山南も勘が鋭いな。

「無事を祈っています。……後悔だけは、しないでくださいね」

「はい」

 今度こそそこを出た。

 ……もう少し、ここにいてもよかったな。

 そう思いながら一度部屋に戻った。