「雪、早く逃げなさい」

「お母様!」

 心臓を貫く銀色の刃。

「姫……様……たす、けて……」

 『死ぬ』、その恐怖がまだ幼き少女の体を虫食んでいく――。

 少女は必死に逃げた。生きるために、母の最期の願いを叶えるために。目的もなく、ただただがむしゃらに走り続けるのだった。

「主……行かないで」

「たす……けて……」

 ――……。

「はあ……はあ……はあ……」

 なんで、今になってこんな夢……。

 フラッシュバックするのはまだ私が幼かった頃の記憶の一部。10年以上も前のこと。なのに、それは鮮明に頭の中で蘇る。

 肉を切り裂く独特の音、家族や仲間の悲痛の叫び、燃える家、ごうごうと燃える音と家が崩れていく音、周囲は火と血で赤く、赤く染まっていた。

 まるで、地獄にいるような光景だった――。

「あー、まだだめなのか……」

 少し思い出すだけで体は小刻みに震えだす。力は入らず、立ち上がることも、歩くこともできなくなる。

 私は、こんなにも脆いのだろうか。

 そんなことを思っていると、ふと周りが赤いことに気づいた。

 夕日……えっ!? もうこんな時間!? 早く帰らないと夜になる!

 先程までの恐怖の余韻が残る中で無理やり足に力を入れ、屯所のほうに走り出した。

 ――先ほど見た夢が予兆だったのだと気づくのは、もう少しあとになってからだった。