玄関先で靴を履き、私は見送ってくれた郁子さんに会釈をした。


「それじゃあ……お邪魔しました」


「またいつでも来てね。いつでも連絡してくれてかまわないから」


「はい。ありがとうございます」


「ほら、栄ちゃん。雛子ちゃんにバイバーイって」

郁子さんは腕に抱いている栄太君を私の方に向けようとした。

栄太君は、さっきよりはマシになったものの、まだ少し愚図っていて、こっちの方に向くのを嫌がり、郁子さんにしがみついた。


「栄ちゃん。雛子ちゃん、また遊びにきてくれるから、ね。今日はバイバイしよ?」

そう言っても栄太君は理解してくれるわけではなく、郁子さんの服をぎゅっとつかんだまま、顔を郁子さんの胸元に押し付けている。


「これは、雛子ちゃんが帰った後が大変そうね……あっ。雛子ちゃん、気にしないでね」

郁子さんは独り言のように言って、私に苦笑を向ける。


流石にどうしようもないとはいえ、なんか申し訳ないなぁ……


「……栄太君」

私は郁子さんの腕の中の栄太君の背中に話しかける。

自分だと認識したのか、栄太君はちょっとだけこっちを向いた。


「今度また、絶対くるからね。今度は、いっぱい遊ぼうね」

出来る限りの笑顔を作って、栄太君に言った。


って、こんな風に言っても、栄太君には理解できないか……


栄太君は、しょぼんとしている。


だけど、体を捩って、そして郁子さんが抱え直して、ちゃんとこっちを向いてくれた。


「じゃあね、栄太君バイバイ」

私は栄太君の目の前で手を振った。


まだちょっと拗ねた顔だったけど、栄太君も同じように、ちょっとぎこちない動きで手を振ってくれた。


「……それじゃあ、失礼します」

最後に、郁子さんに向かって頭を下げた。


「ええ。またね、雛子ちゃん」


「はい」


笑顔で見送ってもらって、私は時枝家を出て行った。