彼と私と秘密の欠片


栄太君用の椅子に、栄太君を座らせようと、郁子さんが栄太君を抱き取ってくれようとした。


「んん~。あっあっ……」

栄太君は泣きそうな声を出して、私のTシャツを離してくれない。


「こら、栄ちゃんっ」

郁子さんがちょっと無理矢理栄太君の手を外した。


Tシャツにはしっかり栄太君が握った痕がついてる。


「ごめんね、雛子ちゃん。栄ちゃん、雛子ちゃんのことが気に入ったのね。そっち座ってあげてくれる?」

そう言って、この間剛司さんが座っていた席(というか、いつも剛司さんが座っている場所なんだろうけど)を指さした。

栄太君のすぐ側の席だ。


「はい」

私が座ると栄太君はちょっと落ち着いた様子になった。


「はい。栄ちゃん」

郁子さんが栄太君の前におやつの乗ったお皿を置いたら、すぐに栄太君の注意はそっちにいく。

切り替え早いなぁ……


「はい。雛子ちゃん」


「あ、ありがとうございます」

郁子さんは私の前にも、私が持ってきたパウンドケーキを切り分けて乗せたお皿と、紅茶を置いた。

慶太君の前には同じお皿とオレンジジュースが置かれた。


「これ、用意してたの。食べてね」

最後に大きなお皿にクッキーが並べられたのを置いた。


「ありがとうございます」


笑顔で応えて、郁子さんは椅子に座った。


「それじゃ食べましょうか。ね……あ、栄ちゃん、もう食べてる」

見ると、栄太君は一足先にクッキーにしゃぶりついていた。


それを見て、郁子さんと二人で笑った。


「まあいっか。食べましょ。いただきます」


「……いただきます」

慶太君も小さく言う。

私のことはシカトしても、ちゃんと言うことは言うんだね。……まあ、偉いけど。


「あ、おいしい」

郁子さんがパウンドケーキを食べて言った。


「本当ですか?」

紅茶のカップを口に持っていったまま、私は聞いた。


「うん。甘さの加減が丁度いい。甘すぎないし、しつこ過ぎなくて。ね、慶ちゃん美味しいね」


「うん」

郁子さんが隣に座る慶太君に言うと、慶太君は素直に頷いた。