「雛子ちゃん、卵って一つに一個ずつでいいのよね?」
フライパンを熱していると、郁子さんが冷蔵庫を開けながら言った。
「はい。そうです」
私が答えると、卵を取り出して、調理台に置いた。
その数は、四個。
それを見て、あれ? と思った。
作らないといけないのは、郁子さん、剛司さん、そして慶太君の三人分のはず。栄太君は勿論食べられない。
私も、ここで食べていくつもりは一切なかった。
……あれ? もしかしていつの間にかそんな流れになってたの?
「あの、郁子さん。この卵の数って……」
「ああ、これね。誠司の分。よかったら作ってやって?」
郁子さんが思い出したように言った。
予想外に出てきた言葉に、私は一瞬固まってしまった。
「あの子、いつも晩御飯は仕事中に軽く摘む程度で済ませてるみたいなのよね。忙しいかったら仕方ないんだろうけど。それで、帰ってからちゃんと食事っていうのも滅多にしないみたいだし」
「そうなんですか?」
また新たに、私の知らない誠司さんのことを知った。
そういえば、誠司さんとランチの約束してた時も、急に客が入ってきたから、とドタキャンされたことが何回かある。
その時はただ、忙しいんだなーとかしか思ってなかった。
でも忙しいと、食事の時間を削ってまで仕事になるんだな。
食に関して学んでいる立場としては、もうちょっと気をつかって欲しいというのが本音だけど、誠司さんは誠司さんの仕事なのだから、あたしが勝手なことは言えない。
……帰ったら子供達の世話があるから、ゆっくり食べる時間がないんだろうけど……
「私もたまにおかず渡したりしてるんだけどね、それでなんとかなるわけじゃないし……誠司が色々されるのは嫌がるから、それ以上のことはできないし、私もそこまで料理に自信ないしね。だから、今日は誠司においしいもの食べさせてあげたいの」
郁子さんは、優しい顔をして言う。
なんだかとってもいい話。
だけど、郁子さん。
私の料理食べたことありませんよね。


