彼と私と秘密の欠片


勿論、郁子さんが言うこともあるのかもしれない。

だけど、それだけじゃない気がした。


上手く説明できないけど、誠司さんの生き方を変えるような何かがあったんじゃないだろうか。


二度目の結婚から、奥さんが亡くなるまで……



「あ、いけない。全然手が動いてなかったわね。早く準備しないと、旦那が帰ってきちゃうわ」

郁子さんが思い出したかのように言った。


「やあね、口が動くと手が動かなくなっちゃうもんだから」

郁子さんが今話してた内容なんて大したことなかったかのようだ。


その時、玄関のドアが開く音がした。


「あ、噂をすれば帰ってきちゃったみたい」


誠司さんが帰ってくるには、まだ早い時間帯。

それに、今の話の流れからして、もしかして……


リビングのドアが開く音がする。


「じいちゃん! おかえり!」

リビングで一人遊んでいた慶太君の声が聞こえる。


……やっぱり。

時枝家全員集合ですか?

あ、でもお兄ちゃんはいないんだよね。


こっ……これは挨拶しないといけないよね!?


郁子さんがリビングに向かったから、私もそれについて行った。


「ただいま、慶太。いい子にしてたかー?」


「うん!」

そんな男の人と慶太君の、和やかな会話が聞こえる。

グレイのスーツを着た男の人が、足元にしがみついてきた慶太君の頭をなでていた。


「あなた、おかえりなさい」


「ああ、ただいま。玄関に靴あったけど、誰か来てるのか?」


「ええ。この子」

郁子さんが手で私のことを指した。


「島田雛子ちゃんっていうの。誠司のお店のお客さんなんですって」


「あ……お邪魔してます。初めまして。島田雛子です。誠司さんにはいつもよくして頂いてて……」

私は慌てて自分でも自己紹介をして頭を下げた。

何をどういったらいいか分からなくて、何かごちゃごちゃ言ってしまったような気がする。