「あ、ごめんね。そこ、狭いよね。今動かすから」

誠司さんが私の方を見てそう言って、運転席の後ろのドアを閉めて、助手席のドアの方に回ってくる。

そしてドアを開けると、シートを少し前に動かしてくれる。


「大丈夫? これくらいで座れる?」

誠司さんは今度は慶太君のシートベルトを締めながら言った。


「うん……大丈夫。ありがとう」

私が車に乗り込むのと同時に、誠司さんも助手席のドアを閉め、運転席の方に回りこんでから、車に乗った。


何だかバタバタしていて、大変そうだなあと、ぼんやり思った。



「とうちゃん。あのな、きょうようちえんで――」

車が走り出すと、慶太君が誠司さんに話しかける。


今日幼稚園で絵を描いたということ。ライオンの絵を描いたら、先生に上手いと褒められたこと。

ドッジボールをして一人で最後まで残って勝ったこと。


そんなことを一生懸命に、楽しそうに言っている。


誠司さんは、それに対して相槌をうって、すごいなぁ、とか、よかったなぁ、とか、感想を言っている。

バックミラーに映る誠司さんの目元が、優しげで、嬉しそうで、本当に『お父さん』の目だった。


初めて見た。こんな誠司さん……


今まで私が見ていたのは、きっと、仕事上の、美容師としての誠司さんだ。

私と二人で居る時もそうだった。


だけど、今日。

仕事が終わってから急いでいたのも、早く慶太君と栄太君を迎えに行かないといけないから。

車に乗るだけでもせっせと忙しそうだったのは、慶太君と栄太君がいたから。
私がいたせいで、やることを増やしてしまった。


私が知ってる誠司さんと、知らない誠司さんだったら、本当の誠司さんは、私が知らない誠司さんに違いない。


『雛ちゃんは、俺のことよく知らないから』


誠司さんがこう言って、私だってそれはよく分かっていたけど……


私は本当に何も知らなかったんだな……