『ふふふっ』
でも、隣から聞こえてきたのはそんな笑い声だった。
「滝本さん?」
『先生が、自分が嫌になる理由なんてないのに。』
強がりでも精一杯でもない、自然な言葉。
頑張って作ったものではない、自然な笑顔。
運転している手を止めて、その笑顔をしっかり見たいと思うような。
「でも、ちょっと無神経だった。ごめん。」
『大丈夫です。それが先生の優しさだって分かってますから。』
やわらかい声に救われる。
それと同時に、ある記憶が呼び起こされる。
俺が無意識の内に吐いてしまう溜め息を、妻は嫌っていた。
なんなの?なんか文句あるの?イライラするのよ。
いつも、そんなことばかり言われていた。
イライラしてるのはそっちだろ、そう言いたいけれど口には出せずにただ心に溜まっていく。
俺の溜め息を、自分のせいだと勘違いして謝る滝本さん。
俺自身のせいだと決めつけて怒る妻。
比べるなんて間違ってるのは分かってる。
だけど今の俺には、滝本さんの繊細さが救いだった。



