「いいよ、そのままで。」
ソファーで横になっていた彼女が身を起こそうとして、そっと腕を掴む。
だけど彼女はそのまま起き上がると、まだ湯気をたてるマグカップへ手を伸ばした。
『いい香り。』
「熱いから気をつけろよ。」
彼女が好きなアールグレイを、いつからか切らさないように常備している。
本当に好きなのか、冬の間はすぐになくなっていた。
「腹減っただろ。ピザでも頼もう。」
『ピザ?』
「嫌か?」
『ううん。宅配ピザ頼んだことないから食べたい。』
表情がぱっと明るくなり、空気も温かくゆるやかになった。
「え、そんな人いる?」
『私の家ではないよ。お母さんがピザ作るから。』
「ピザ作んの?家で?」
『うん。お母さん田舎生まれでね、宅配ピザなんて近くになかったんだって。だから自分で作るようになったみたい。』
いつもと同じようななんてことのないやりとりをしているうちに、先程までの焦りはなくなっていた。



