滝本さんは何の問題も起こさず真面目に通って卒業したし、そういう生徒たちの顔と名前を全員覚えているかと聞かれれば、俺の記憶力ではとても無理だからだ。
それでも、彼女のことは覚えていた。
指輪を外したことに関して同僚は何も聞いてこなくて、気付いている生徒もいないようだった。
元々妻のことを自分からは話さないし、夫婦生活のことも聞かれれば答えるという程度でしかないからかもしれない。
だけど、なぜか昨日滝本さんに出会ったことは他の教官に話したくて仕方がない。
『あれ、理瀬さんも空きですか?』
空き時間に教官室で休憩していると、1年後輩の高嶺(タカミネ)先生が入ってきた。
「高嶺くんも?」
『はい。やっぱこの時間は楽っすね。』
学生なら学校、社会人なら会社に行っているであろうお昼時は人が少ない。
イスにドカッと腰をおろした高嶺くんを見て、彼女のことを話してみようかと考える。
でも、と彼女の名前を出そうとした寸前で思い留まる。
明るく気さくな性格で生徒といつも楽しそうに話している高嶺くんだけど、大人しい彼女のことを覚えているかどうかは分からない。