『キミの色は青だ。』

そんなことを言ったこともあった。






周side

美術サークルに設けられた絵の具だらけの室内。
今日も響く。
絵の具を故意にぶちまける音。バケツが床に転がる音。
そして、筆がはしる音。

自分はこの音が好きだった。

「相馬先輩、顔に絵の具着いてます」
「ん?…あぁ、気にしないで」
そして、また筆をはしらせるのは2個上の先輩。
「…ってか、周いつから居た!?」
また気づいてなかったのか、この人は。
「一個目のバケツ、ぶちまけてた辺りから」
「声ぐらい掛けようよ周くぅん…?毎回毎回、私の寿命を縮めないでくれないかい?」

事実、声は掛けた。反応しなかったのは先輩の方なんだけど。
まぁ、めんどくさいから反論はしない。
「すみません。で、今度の作品は?」
先輩はキョトンとした顔でこちらを見た。
「見たとおりのもの」

指さされたキャンバスには、群青色の夜の海が描かれていた。
「海、ですか」
「そう。バケツ描きでも、ちゃんと纏まってるでしょう」


先輩の絵は、大体がバケツをキャンバスに投げつけて描くバケツ描きというものだ。だから、何を描いているのか、解らないときが多い。…というか、こんなまともな絵を見たのは初めてだ。
「…でも何で海?」
すると、先輩はニッと笑って言った。

「夜の海の青って、周みたいだよね」
「俺、ですか」

うん、と顔に着いた絵の具を拭いながら頷いた。
つまり、これは俺をイメージして描いたということであってるの…かな?

「周さ、ずっと私の絵描いてるべ?でも私は人物画は描けない。だから、海にした。夜の海=周 ってことで!」
「あー…、そうですか。」

自分は人物画をよく描く。風景画はどうもバランスが悪くなってしまうためだ。逆に相馬先輩は、人物画以外は自由に何でも描く。


そして、この場所にいるときは俺の人物画のモデルは先輩一人。

「私、こんな美人じゃないよ周」
「これ、見たまんまです」
「キミは先輩を乗せるのが上手いね」
「はぁ、」



文学部四年の先輩と、歯学部二年の自分。

学部も年も、性格だって、何ひとつ違うけれど

「フフ……もう一作いこうじゃないの!」

「絵の具、水入れてきますね」


俺はこの人が絵を描く音が、好きだ。


「よろしくお願いするよ、千鶴クンッ」
「はい。」

***
周 千鶴 20歳。
相馬 一佐 22歳。
そんな2人の物語。