「全く、ビックリしたわよ。
香澄さんのカウンセリングに来たら、玄関口で貴女が倒れているんだもの。
理名ちゃんは刺されそうになってるし。
麗眞くん、そして彼の執事に待機してもらってて正解だったわ」
「そうそう。
椎菜が先に帰ってくれて助かった。
もう少し到着が遅かったら、貴重な未来の宝が失われてたんだからな」
「どうして……
麗眞くんと相沢さん、
えっと、深月と、彼女の母親がここに?」
言葉と共に、目を見開く。
肝心の香澄さんは、と目をやると、靴が脱ぎ履きしやすいように置かれたチェアに座り込んでいた。
規則正しい寝息が聞こえたので、眠っているらしいことはわかる。
何が起こったのか、さっぱり分からない。
香澄さんの傍らにいたのは、麗眞くんの執事の相沢さんだった。
「理名様、流生総合病院の病室でもご覧に入れたはずです。
人の首筋を感知すると即座に麻酔薬が注入される、宝月家特注の警棒でございますよ」
いつのまにやら、香澄さんの後ろにいたんだろう。
「理名ちゃん、だったかしら。
ウチの娘がお世話になっています。
カウンセリングの時間より早く着いてしまいそうだったのよ。
手土産をと思ってデパートに寄っていたら遅くなってしまったの。
もう少し遅かったらと思うと、ゾッとするわ。
あ、初めまして、浅川 由紀です。
深月の母親、といえばわかるかしら?」
娘の深月と似ている、肩まであるサラサラの黒い髪。
メガネはかけていない。
視力はいいのだろう。
黒目の丸さと、奥二重ぎみのまぶたがそっくりだ。
身長は私より5cmほど低い。
しかし、細身の身体は母親の遺伝だろう。
胸も腰のくびれも然り。
肩にかかったバッグからは、クリアファイルに入った書類の束が大量に覗いていた。
さすがは精神科医。
カウンセラーでもあり、大学の教授でもあるというから、さぞかし荷物も多いのだろう。
華奢な肩が壊れないか心配だ。
「花藤家は、ちょっとマークしていたのよ。
ウチの心理学研究室のメンバーが今の東都新原私立南野中学校の教育実習生だから。
中学校のPTA役員会議にぱったりと香澄さんが姿を現さなくなったから心配だったの。
家にひきこもっているみたいっていうから、心配で訪問してカウンセリングをしたら、うつ病の兆候が見られたから。
薬も出したんだけど、副作用が強くて身体に合わないと勝手に止めてしまっていたみたい。
自死願望が強くなっているみたいだったわ。
そのうちたまたま訪ねてきた誰かを殺して、
その償いで自分も自殺する、なんて可能性も捨てきれなかったのよね。
ウチの旦那の同僚に頼んで、隣の空き家から見張っていてもらったの。
誰かが花藤家に入ったら、すぐに連絡を入れるように言付けしてね」
私が麗眞くんに、花藤家の情報収集を依頼していたときに、こんな可能性まで予期していたようだ。
そうでなければ、できない芸当だった。
そして、さりげなく私の出身中学校のお偉いさんと繋がりを得ていたという。
人脈の力は恐ろしい。
「理名ちゃん、忘れてない?
君も、俺も。
君たちの親友全員が持ってる、機械の存在。
あれ、GPS機能もついてるって、言ってなかったっけ?
それで、深月ちゃんと理名ちゃんが花藤家に向かっていることは分かっていたから、さ。
何が起こってもいいように、宝月家の腕っぷしのいい使用人集めて、
刑事さながらに張り込んでた、ってわけ」
高校生じゃない……
麗眞くん、年齢詐称してない?
本気でそう思った。
花藤 香澄は、手錠を足枷を嵌められて、引きずられるようにして、いつの間にか来ていたパトカーに乗せられていた。
「娘を箱入り娘みたいに、後生大事に育ててきた親が陥る思考、だよな。
娘は自分のペットか奴隷だと思ってる。
娘に自分の言うことを聞かせている自分がすごいと思ってるのがタチ悪い。
だからいつまでも過干渉だし、過保護なんだよな。
この子は私がいなきゃ何もできないって思ってるタイプ。
そんな人間は、もうとっくにこの世からいなくなってるって事実も、頭で分かってはいたが、心が追いつかなかったんだろう」
「それもあるわね。
でも。
サバイバーズ・ギルド。
大きな天災とか、事故や事件の被害に遭った人が大勢いた時に、
周囲の人は命を落としている。
なのに自分は助かった。
なんで自分だけ生き残ったのだろう。
どうせなら、自分が命を落とせばよかった……
そういう思考に苛まれることもあるのよ。
彼女みたいに、娘を立て続けに……夫まで自殺で失った人はね。
あの子のいない世界に意味はない。
自分も後を追おう。
そう思って思いついたように自殺をする方も大勢いるわ。
でもね、いくら有能なカウンセラーでも、精神科医でも。
1度でも死という病気に魅入られた人を救うことはできないわ。
明日翔ちゃんも、萌香ちゃんも、救えなかったのは悲しいけれど……。
過ぎてしまったことは変えられないわ。
私たちは全知全能の神なんかじゃなく、人間だから。
それくらいは、わかるわよね?
理名ちゃん。
いじめを代わりに肩代わりしたのは、他でもない、彼女自身の意志なの。
貴女がそうしろって命令したり、強制したわけでもない。
だから、理名ちゃんが責任を感じる必要なんてないの。
って、立ち話だと、育ち盛りの女の子たちに風邪を引かせちゃうわね」
専門的な用語を並べつつも、きちんと最後は理名をフォローする。
まるで、私が萌香に何も出来なかったことが今でも許せなくて、自分自身に重い十字架を課していることを見抜いているようだった。
そう言って、外に目をやる深月のお母さん。
宝月家の使用人の人だろうか。
車に乗れ、と言わんばかりに目で合図をしてくる。
香澄さんは、パトカーに乗せられていたところを見ると、任意での事情聴取を受けるようだ。
行く先は、宝月家の広い邸宅だろうか。
スタンガンから目を覚ましたとはいえ、まだふらついている深月は、相沢さんが抱き上げていた。
さすが、深月の母親だった。
淡々とした口調なのに、言葉の端々から優しい気遣いが伝わってくる。
その口調は、きちんと娘にも受け継がれているな、と思った。
香澄さんのカウンセリングに来たら、玄関口で貴女が倒れているんだもの。
理名ちゃんは刺されそうになってるし。
麗眞くん、そして彼の執事に待機してもらってて正解だったわ」
「そうそう。
椎菜が先に帰ってくれて助かった。
もう少し到着が遅かったら、貴重な未来の宝が失われてたんだからな」
「どうして……
麗眞くんと相沢さん、
えっと、深月と、彼女の母親がここに?」
言葉と共に、目を見開く。
肝心の香澄さんは、と目をやると、靴が脱ぎ履きしやすいように置かれたチェアに座り込んでいた。
規則正しい寝息が聞こえたので、眠っているらしいことはわかる。
何が起こったのか、さっぱり分からない。
香澄さんの傍らにいたのは、麗眞くんの執事の相沢さんだった。
「理名様、流生総合病院の病室でもご覧に入れたはずです。
人の首筋を感知すると即座に麻酔薬が注入される、宝月家特注の警棒でございますよ」
いつのまにやら、香澄さんの後ろにいたんだろう。
「理名ちゃん、だったかしら。
ウチの娘がお世話になっています。
カウンセリングの時間より早く着いてしまいそうだったのよ。
手土産をと思ってデパートに寄っていたら遅くなってしまったの。
もう少し遅かったらと思うと、ゾッとするわ。
あ、初めまして、浅川 由紀です。
深月の母親、といえばわかるかしら?」
娘の深月と似ている、肩まであるサラサラの黒い髪。
メガネはかけていない。
視力はいいのだろう。
黒目の丸さと、奥二重ぎみのまぶたがそっくりだ。
身長は私より5cmほど低い。
しかし、細身の身体は母親の遺伝だろう。
胸も腰のくびれも然り。
肩にかかったバッグからは、クリアファイルに入った書類の束が大量に覗いていた。
さすがは精神科医。
カウンセラーでもあり、大学の教授でもあるというから、さぞかし荷物も多いのだろう。
華奢な肩が壊れないか心配だ。
「花藤家は、ちょっとマークしていたのよ。
ウチの心理学研究室のメンバーが今の東都新原私立南野中学校の教育実習生だから。
中学校のPTA役員会議にぱったりと香澄さんが姿を現さなくなったから心配だったの。
家にひきこもっているみたいっていうから、心配で訪問してカウンセリングをしたら、うつ病の兆候が見られたから。
薬も出したんだけど、副作用が強くて身体に合わないと勝手に止めてしまっていたみたい。
自死願望が強くなっているみたいだったわ。
そのうちたまたま訪ねてきた誰かを殺して、
その償いで自分も自殺する、なんて可能性も捨てきれなかったのよね。
ウチの旦那の同僚に頼んで、隣の空き家から見張っていてもらったの。
誰かが花藤家に入ったら、すぐに連絡を入れるように言付けしてね」
私が麗眞くんに、花藤家の情報収集を依頼していたときに、こんな可能性まで予期していたようだ。
そうでなければ、できない芸当だった。
そして、さりげなく私の出身中学校のお偉いさんと繋がりを得ていたという。
人脈の力は恐ろしい。
「理名ちゃん、忘れてない?
君も、俺も。
君たちの親友全員が持ってる、機械の存在。
あれ、GPS機能もついてるって、言ってなかったっけ?
それで、深月ちゃんと理名ちゃんが花藤家に向かっていることは分かっていたから、さ。
何が起こってもいいように、宝月家の腕っぷしのいい使用人集めて、
刑事さながらに張り込んでた、ってわけ」
高校生じゃない……
麗眞くん、年齢詐称してない?
本気でそう思った。
花藤 香澄は、手錠を足枷を嵌められて、引きずられるようにして、いつの間にか来ていたパトカーに乗せられていた。
「娘を箱入り娘みたいに、後生大事に育ててきた親が陥る思考、だよな。
娘は自分のペットか奴隷だと思ってる。
娘に自分の言うことを聞かせている自分がすごいと思ってるのがタチ悪い。
だからいつまでも過干渉だし、過保護なんだよな。
この子は私がいなきゃ何もできないって思ってるタイプ。
そんな人間は、もうとっくにこの世からいなくなってるって事実も、頭で分かってはいたが、心が追いつかなかったんだろう」
「それもあるわね。
でも。
サバイバーズ・ギルド。
大きな天災とか、事故や事件の被害に遭った人が大勢いた時に、
周囲の人は命を落としている。
なのに自分は助かった。
なんで自分だけ生き残ったのだろう。
どうせなら、自分が命を落とせばよかった……
そういう思考に苛まれることもあるのよ。
彼女みたいに、娘を立て続けに……夫まで自殺で失った人はね。
あの子のいない世界に意味はない。
自分も後を追おう。
そう思って思いついたように自殺をする方も大勢いるわ。
でもね、いくら有能なカウンセラーでも、精神科医でも。
1度でも死という病気に魅入られた人を救うことはできないわ。
明日翔ちゃんも、萌香ちゃんも、救えなかったのは悲しいけれど……。
過ぎてしまったことは変えられないわ。
私たちは全知全能の神なんかじゃなく、人間だから。
それくらいは、わかるわよね?
理名ちゃん。
いじめを代わりに肩代わりしたのは、他でもない、彼女自身の意志なの。
貴女がそうしろって命令したり、強制したわけでもない。
だから、理名ちゃんが責任を感じる必要なんてないの。
って、立ち話だと、育ち盛りの女の子たちに風邪を引かせちゃうわね」
専門的な用語を並べつつも、きちんと最後は理名をフォローする。
まるで、私が萌香に何も出来なかったことが今でも許せなくて、自分自身に重い十字架を課していることを見抜いているようだった。
そう言って、外に目をやる深月のお母さん。
宝月家の使用人の人だろうか。
車に乗れ、と言わんばかりに目で合図をしてくる。
香澄さんは、パトカーに乗せられていたところを見ると、任意での事情聴取を受けるようだ。
行く先は、宝月家の広い邸宅だろうか。
スタンガンから目を覚ましたとはいえ、まだふらついている深月は、相沢さんが抱き上げていた。
さすが、深月の母親だった。
淡々とした口調なのに、言葉の端々から優しい気遣いが伝わってくる。
その口調は、きちんと娘にも受け継がれているな、と思った。



