病室を出ていった私の父と入れ替わるように、麗眞くんが入ってきた。

担任の先生は病室に残って、私と目線を合わせることなく、俯いている。

誰も、何も話さない無言が続いた。

沈黙を破ったのは、麗眞くんだった。

「理事長……俺の親父に掛け合ってみるか?
どうせ、お前の首が飛ぶ事実はどうあがいてもひっくり返らないだろうけど」

「別に。
無駄な抵抗はしないよ。
クビにするなら、すればいい」

「どの口が言うんだ。
俺は全部知ってるんだよ。

アンタなんだろ?
理名ちゃんが退院する日時を裏掲示板に書き込んだの。

しかも、アンタまで一緒になって掲示板に悪口書き込んだんだろ。

理名ちゃんの母親のことも、父親のことも。
アンタは教師という立場を使って、生徒のプライバシーを流出させたわけだ。

……教師の風上にも置けないやつだ」

一気に話しすぎたのか、咳払いを1つしてから、麗眞くんが口を開く。

「月野纏が校内に入れるよう、手引きしていたんだよな?
だからアンタは、体育祭の練習している時に、いつもグラウンドにいなかった。
違うか?」

担任は、何も答えないまま、押し黙った。

「都合が悪いと黙りか。
アンタの元いた高校。
拓実くんと同じ高校だろ?

アンタは、月野纏の友達と恋人なんだろ?

結婚してるくせに、年下と不倫か。
節操ないな。

まぁ、仕方ないか。

奥さんとは別居状態だそうだから。
今は離婚調停中だろ?

その話は今は置こう。

だから、こっちの学校の情報もあっちに筒抜けだった。
どこか違うか?」

普段より2オクターブくらい低い声の麗眞くん。
こんな彼の声は、聞いたことがなかった。

彼の口から語られるのは、私が知らない事実ばかり。

前は拓実くんの高校にいた?
月野 纏の友達と恋人関係?

ウチの高校の……
しかも、他ならぬ私のクラスの担任が、あっちの高校に内通してた?

私は、頭を抱えるしかなかった。

「何か申し開きはあるか?
なぁ。

自分の生徒を不幸のどん底に陥れて、楽しいのかよ?

森田 一貴。
なんとか言えよ!」

麗眞くんが、先生の胸ぐらを掴んだ。

瞬間。

突然、窓ガラスが割れる音がした。

何事かと、そちらに麗眞くんが気を取られた。

私は見た。

銀色に光る刃を。

その刃先が彼の首筋に閃くのを。

「麗眞くん、危ない!」

私はありったけの声で叫んだ。
声を出すと肋骨が悲鳴をあげた。
構うものか。

その声に反応したらしい彼。

私は、見ていられなかったのと肋骨の痛みで、顔を覆った。

「いけませんね。
貴方には、これ以上罪を重ねてほしくない。
何より、私は仕える主を守ることが使命ですから」

刃先を受け止めて、手を血で真っ赤にしているのは、誰あろう、彼の執事、相沢さんだった。

突然のことで、目を丸くしている担任。
麗眞くんがそっと彼の背後に近付き、首筋を棒で一突きする。

すると、ガタイのいい担任の身体は前のめりに倒れた。

「おい、大丈夫か?
相沢」

特に驚いた様子もなく、そう問いかける麗眞くん。

「作戦成功です、麗眞坊っちゃま」

麗眞くんいわく、血ではなく血糊だと言う。

そして、相沢さんはカーテンの裏に隠れていたらしい。

窓ガラスをわざと割って、そちらに注意を逸らせたようだ。

彼の言葉を合図にしたように、麗眞くんがTVのリモコンのスイッチを押す。

すると。

「たった今、高校生が補導されていきます!

別の学校の高校生を集団で暴行し、さらにその様子をSNSで拡散、高校生の名誉を棄損した罪に問われています。

家庭裁判所に身柄が送られる模様です」

画面に映っているのは、月野纏。
その後ろには、顔をボコボコにされた数人の男たち。

チラリと、麗眞くんのお父さんや、テレビで見た琥珀ちゃんのお父さんの姿も横顔で映っている。

「こちらも、作戦成功のようですね」

もう、何が何だか分からない。
先程まで目の前で起こっていたことは、夢だったのではないか。

不思議そうな顔をして麗眞くんを見る私に、相沢さんが説明してくれた。