「……うぅ……」

ゆっくりと目を開ける。

「いたぁ……」

起き上がろうとすると、肋骨やら大腿骨、身体のあらゆるところが痛む。

「理名ちゃん!」

誰なのかは分からない。

私の名前を呼ぶと、慌ただしく病室を出て行った。

「目、覚めたのね」

今は亡き母を思わせる柔和な優しい声は、凛さんだ。

「全治2~3ヶ月、ってところね。
しばらく、また顔を合わせることになるけどよろしくね」

凛さんのその言葉に、言いかけた台詞が頭から飛んでしまった。

「体育祭はやる。
しかし、お前は出れないな、岩崎」

ノックもせずに入ってきたのは、私のクラスの冴えない担任の先生、森田だった。

「お前も災難だったな」

……心底呆れた。

仮にも大怪我をした自分の生徒に、言う台詞がそれか。

病室のドアが勢いよく開いて、化学の先生にしては体格の良い身体が真横に吹っ飛んだ。

「……貴様、それでも教師か。
うちの娘をこんな目に遭っているところを、止めるどころか半笑いで眺めていたそうじゃないか。

貴様は教師失格。
いや、人間として失格だな!
二度と俺の前にそのふざけた面を見せないでくれ!
虫唾が走る!」

……仕事だったのか、そうでなかったのか。
いつも家で飲んだくれているだけの印象しかなかった父が、担任教師の胸ぐらを掴んでいた。

「はいはい、怪我人がいるのよ。
傷に響くからよそでやって」

凛さんが何食わぬ顔で病室に入ってきて、2人を引き離す。

「……理名ちゃん!」

見慣れた制服を着た男の子が、部屋に入ってきた。
拓実くんだった。
必死に走ってきたのか、私の名前を一言呼ぶ。その後、荒い呼吸を整えた。

「よかった……
4日間も、目を覚まさなかったって聞いたから。

肺挫傷を起こしている、局所麻酔して、肋骨と肋骨の間に数センチの穴を開け、胸腔内にドレーンを挿入するって言ってたんだよ。

本当は、毎日様子を見に行きたいくらいだったけど、小テストやら、自習に追われて、行けなかった。
本当にごめん」

こんなとき、女子力の高い華恋や椎菜、深月なら、泣くという切り札を持っているだろう。

私は彼女たちとは違う。

「心配してくれてありがとう。
嬉しかった」

上手く笑えていただろうか。

私の父が目を丸くして、小指を立てて、拓実くんを真っ直ぐ見据えたまま、一言告げた。

「きみ、理名のコレか?」

言われた私のほうがポカンと口を開けて、顔を赤くして俯くしかなかった。

今はまだ、そんな関係ではないのだ。

私の父は、拓実くんに病室の外に出るように声をかけて、病室を出て行った。