「また、痛い目に遭う夢でも見たのね。
貴女が心から幸せじゃないからなのね、理名ちゃん。

幸せなのなら、心地よい夢を見るはずなの」

凛さんの言葉に、何も言葉を返すことなんて出来ないまま、うなだれる。

「大丈夫よ。
理名ちゃんの親友たちが協力してくれるはず。

さ、これが最後の病院食よ。
ちゃんと食べなさいね」

「はい……」

味の薄いご飯に口をつけながら、考える。

朝の7時か。
今頃、各々の生徒たちは、電車ですし詰めになったり、時には車で送ってもらったりもして、学園に向かっていることだろう。

塩分控えめの味噌汁と、鮭の切り身をちびちびと食べてトレーに置きっぱなしの器が空になった頃、深月からメールが来た。

急いで、携帯電話使用可能スペースへと駆け込んだ。

タイトルには、「閲覧注意」とある。

写メが添付されているらしいそれには、私への悪口と、どこで隠し撮りをしたのか、宿泊オリエンテーションの時に脱衣場で更衣している私の写真と、私の携帯電話番号、連絡先が書かれていた。

『今、皆で消してるけど、全教室、こんな感じなの』

今朝の夢で出てきた黒板には、連絡先のみだった。
これは予想外だった。
写真まで貼られるなんて。

携帯電話で撮られて、えげつないサイトなんかに載せられたら一巻の終わりだ。


そして、麗眞くんからのメールを受信した。

『えげつないことしやがるな。
多分、主犯格は月野 纏。
桐原 拓実くんの彼女さんだ。

ってか、退院の準備しておいてな? 

相沢はちょっと別の仕事があるからって、学校まで送ったらその足でどこかに行くらしい。

相沢の代わりに南が車に乗せて学校まで送ってくれるって』

どうやら、私の母の知り合いだという南さんが来てくれるらしい。
こんな目に遭っている手前、気まずいけど仕方がない。

とりあえず、病室に戻って、荷物だけはまとめる。

凛さんが病室に置いておいてくれたらしい、布のバッグに使われなかった不憫なTシャツやら下
着を入れていく。

重いスクールバッグの中身も確認して、準備は整った。

8時になって、病室の前に黒塗りの車が停まったのを窓から確認して病室を出る。

「頑張って。
また、何かあったら、言いなさいよ。

何をされても、鞠子さんの大事な宝物なんだから、医師として私が治療するけどね」

そう言って、凛さんは優しく私にハグをしてくれた。

負けられない。

こんな幼稚でくだらない遊びに、屈してたまるか。
そんな決意を胸に、病院を出て、車に乗り込んだ。

南さんの車に乗り込んで、学校に着く。
昇降口に手を掛けたとき、あっと言う間に全身がずぶ濡れになる。
おかしい。

今日は晴れの予報のはずだ。

バケツが私の近くに落ちたカランという音。

頭上から水を掛けられたらしい。
せっかくの服が入った鞄も、スクールバッグの中身も台無しだろう。

教科書が使えなくなってしまった。

なんとか昇降口の扉を開けて、中に入る。

すると今度は生卵を投げつけられた。
黄身で制服がベトベトだ。

「だっさ」
「いい気味ー!
黄身だけに!
超ウケるぅ!」

私を見て、ギャハハと耳障りな笑い声を上げる女子生徒たち。
全く笑えない。
どこが面白いんだ。

すると、白衣を着た保健室の伊藤先生がこちらに歩み寄ってきた。

私を含めた生徒は誰も見たことがない、冷たい目で、卵を投げ付けた女子生徒を見下ろす。

私は、伊藤先生に保健室に連れて行かれた。

この騒動を聞いたのだろう。
麗眞くんや椎菜、深月、華恋、美冬。

親友たちが、慌てた様子で保健室に来た。
どうやら防水スプレーが掛けられていたようで鞄の中身は無事だった。

その鞄の中身のTシャツやジーンズに着替えることにした。
麗眞くんは追い出されたが、他の皆は私が着替えている間も傍にいてくれた。

ベランダには、一応乾かしておこうと、教科書がいくつも並べられている。

「こわっ。
私たち、理名が退院する日を誰にも言ってないのに。
先生にも口止めしたし。
どっから漏れたんだろ」

「ストーカーみたい。
気味悪い」

「皆はここにいてあげてね。
私は、校内で制服以外を着る許可を貰う『異装届』を理事長に出してくるから」

そう言った伊藤先生の後ろを、麗眞くんも着いていく。

そして、相変わらず大量に送られて来るメールやら電話に混じって、拓実くんからのメールが来ていた。

『 理名ちゃん
こんなこと言いたくないけど、ちょっと距離を置こうか。

これだけは誤解しないで。
嫌いになったわけじゃないから。

理名ちゃんのためだから。
じゃあ、またね』

なにこれ。

前に、確か体調を崩して、麗眞くんの家でお世話になった時に見た夢。
そのメールの文面と全く同じだった。

そして、電話が鳴った。
その番号は、拓実くんになっている。
淡てて保健室を出て、電話を受けた。

「ごめん、理名ちゃん。
本気じゃないから。
理名ちゃんのためには、ああ打つしか、なかった。
それじゃあね!」

チャイムの音と同時に、電話が切れた。
向こうは、これくらいの時間からホームルームなのだろうか。
でも、もう9時だ。

麗眞くんと他の皆も、授業だからと申し訳無さそうな顔をして教室に戻る。

そして、悲劇は唐突に訪れた。

放課後には、体育祭の大縄跳びの練習をしている生徒達がいた。

保健室の扉から出る。
御手洗に行くためだ。


嫌だがさすがにもう見ないと嫌がらせメールが溜まる。
そう思って、ついでに携帯電話を探す。
そのせいで、背後から忍び寄る影に気が付かなかった。

頭に流れた電流。
身体が、痺れた。

スタンガンか。
こんな時なのに、頭だけは冷静に動く。

人間って恐ろしい。
私はそのまま廊下に倒れた。

私が目を覚ますと人気のない倉庫の中で倒れていた。
目の前には、写真でしか見たことがない女がいた。

つい最近、書類の写真で見た女。
月野 纏。
確か拓実くんの元カノだ。

「アンタが拓実と仲良くしてるの見ると、ムカつくんだよねー。
それこそ、殺したいくらいに、ね」


その台詞と同時に、4人の男が何処から這い出て来たのか、と思うくらい素早く現れた。

手には皆一様に、スタンガンやらバット。鉄パイプまで持っている。

ほぼ、夢の通りだ。

逃げなければ。
そう思っても、金縛りにあったみたいに、身体が固まって動けない。

四方を囲まれて、まずは月野の拳がお腹に当たる。
気持ち悪い。
こみ上げる嘔気を何とか堪える。
背中や腰、脚をバットや鉄パイプで何度も殴られた。

強烈な1発をお腹に喰らう。
死ぬのかな、このまま。
いっそのこと、死ねれば楽なのに。

諦めかけて、目をぎゅっと瞑る。
その刹那、パトカーのサイレンと、救急車のサイレンが耳を劈いた。

「ここに、防犯カメラ仕掛けてあるの。
今の映像、全部録画されてるよ?

警察、教育委員会、裁判所。
これで、あらゆる機関が動く。
君たちに、もう未来なんてないんだからね?

分かったら、高校生が持つものじゃない、物騒な物、離しなよ」


聞き覚えのある、低い声。

拓実くん……?
それとも、麗眞くん?

もう、どっちでもいいや。
景色はとうに霞んでいる。

眼鏡だって、もはや行方不明だ。
私の意識はそこで途絶えた。