様子見のために入院している私は、暇で仕方がなかった。
頭に何重にも巻いてある包帯が、痛々しくて困る。

麗眞くんや椎菜、深月や華恋。

私の親友たちが、お見舞いがてら、その日のノートを持ってきてくれた。

ついでに、教室での様子も聞かせてもらう。
相変わらず、私への言葉の暴力は止まないらしい。
私という対象人物がいないのに、よくやっていられるなと思う。

皆と談笑していた、その時だった。
控えめなノックの音がした。

「理名か?」

控えめなノック。
私を呼び捨てにすること。

相手は、1人しかいなかった。
父親だ。

「理名、来るのが遅くなって、ごめんな。
どこにいるのか、全く検討もつかなかった。

会社の同僚が、ニュースを観て教えてくれたんだ。
この病院だって」

「だからどうしたの??
娘が脳挫傷で、軽かったからよかったけど、最悪の場合、死んでたんだよ?

打ち所が悪かったら、後遺症が残ってたかもしれないの!

なのにさ、入院して少ししたら来るっておかしくない?

ちょっとは父親らしく、心配するとかしたらどうなの?
娘より、大事なものがあるんだね。

だったら、浮気相手のところにでも行くなり再婚するなりすれば?

お母さんのことも、どうでもいいんでしょ?

仏壇に手を合わせてるアンタの姿なんて一度も見たことないもん! 

お母さんのことも、ちゃんと愛してなかったんでしょ? 

私のことなんて、大事でも何でもないくせに!
熱出したことも、初潮迎えたことも、知らないんだもんね、私のことなんて、何にも!

友達の家に泊まってるから安心って、メールしか寄越さないでさ。
男親ってもう少し過保護で、娘は溺愛してるもんだと思ってた!

そんなの、幻想だったんだね!

もう知らない!
アンタが父親だなんて認めない!
縁切ってやるから!

分かったら、早く出てってよ!」

やけにイライラする。
言ってはいけない言葉を吐いているのは頭では分かっているのに、止まらなかった。

麗眞くんや相沢さんが、私の腕を掴んで止めているのは分かっていた。
今までの父に対する鬱憤を全て吐き出した。


何も言わずに、父は病室を出ていった。

ドアがゆっくり閉まっていくのを、ぼんやり見つめていると、目が潤んできて、温かいものが頬を伝った。

それを見た深月が、走って病室を出ていくのを目で追った。

深月と入れ違いに入ってきた凛さんは、まっすぐ私の方に歩み寄ってきて、目をまっすぐ見据えた。
そして、平手で一発、私の頬を叩いた。
その光景に、病室にいた誰もが目を丸くした。

「自分が何を言ったか、分かってるわよね。

理名ちゃん!
貴女、とんでもない勘違いしてるわ。
隆文さんは、ちゃんと鞠子さん、貴女の母を愛してた。
もちろん、貴女のことも。

貴女がこの学園に入学させるための学費を賄うために、平日の出版社の仕事が終わったら、ホテルのルーム清掃のアルバイトを入れていたのよ。
それも夜勤の。
隆文さん、魅力が分かる人にはモテるみたい。だから言い寄られることもあるんだって。

仕事の一環で、仕方なく関係を持ってしまうこともあるみたいだけど。

ちなみに、そういう雰囲気で再婚の話が出た時は、きっぱり断ってるようね。
そういう場で、『年頃の女の子への接し方』はお勉強してるのよ。
律儀に、聞いたことはノートまで作ってメモしてるしね。
あの人なりに、ちゃんと努力してるの。

貴女が、知らなかっただけ。

ううん。
正しくは、先入観が邪魔をして、話なんて聞くまいと意地を張っていただけなのよ。

頭のいい理名ちゃんなら、わかるでしょ?
次に何をすればいいか」


凛さんに諭されて、ようやく目が覚めた。
病室のベッドから起き上がり、病室のドアをそっと開ける。

病室のそばのソファーで、深月と何やら会話をしている父と目が合った。


「噂をすれば、来ましたよ?
娘さんが」

「……言い過ぎた。
ごめん」

「俺も、父親らしくしないで、悪かった。
まだまだ、母さんに比べれば、全然頼りないけど、ちゃんと娘でいてくれるか?」

「当たり前でしょ。
仕事のしすぎで、私が医者になる前に寿命で死なれても困るから。

そうならないように、なるべく近くにいられるうちは、いてあげる」

「よし、これで、仲直りだね!
よかった、よかった!

また何かあったら、カウンセラーの娘、深月ちゃんが相談に乗りますよ!」

「深月ちゃん、だっけか?
理名を頼むよ」

「任せてください!」

私は父の手にあった菓子折りが入った紙袋をひったくると、父の少し痩せた手を握って、病室まで戻った。

「また病室に戻るのか?
俺、駐車料金が心配なんだけど」

「ケチなこと言わない!
せっかく、娘が友達を紹介するって言ってるのに。
数少ない友達だよ?

『家に泊まる』っていうとき、誰だか分からないと困るでしょ」

病室に入ると、皆が笑顔を浮かべていた。

「あ、お父さんと仲直りできたんだ?
よかったね!

理名さんのお父さんですか?
初めまして、私、矢榛 椎菜といいます。

よろしかったら、記憶の片隅にでもとどめておいてくださいね」

「俺は、宝月 麗眞です。

理事長兼芸能人兼、刑事。
そして宝月グループ当主である父の名に恥じないよう、娘さんをこんな目に遭わせた犯人には罰を与えたい、そう思っています。
今もなお娘さんに陰で悪口を叩く人は全員、狭くて暗い部屋に入れられるようにします。

少しお待ちくださいね?

ちなみに、娘さんが『友達の家に泊まる』と言ったときは、大抵は俺の家という認識だけはしておいてください。

やましいことなんてしませんから、安心してください」

「何だか、よくは分からないが、すごいな。
よろしく……」

流石の父も、麗眞くんにはあっけにとられていた。

「理名のお父さん、初めまして、美川 華恋(よしかわ かれん)です。
娘さんには、いつもお世話になっています」

「違うって、お世話になってるのは私の方だから。
華恋ったら」

「皆、理名を頼んだぞ。
俺は、理名がちゃんと友達を作って、仲良くやってることが分かった。

もう安心だ。

じゃあ、また来るからな、理名」

父に手を振ると、彼は病室のドアを静かに閉めて、帰っていった。

訪れた静寂を破ったのは、深月だった。

「ねぇ、私、麗眞くんが言ったことで、気になったことがあるの。
理名を階段から突き落とした奴は暴行傷害、場合によっては殺人未遂になる。

だけど、それには直接関係がない、理名を気絶させて人気のない場所に運ぼうとした男とか、今悪口を叩いてるやつらはどうなるの? 
罪に問えないじゃない」

「ん?
簡単だよ。
悪口を叩いている奴らは、全員、金にものを言わせてテストの点数を買ってる。
当然、受験も裏口入学」

「ああ、だから、一般常識も知らないのね。
平気で列に割り込んでくるし」

それってつまり、ワイロってこと?

「それ、ここで言っていいの?」

「いいのです。
先程、医師の凛先生や他の医師、看護師にも協力を仰ぎ、巡回して盗聴器の類がないかを確認しましたので」

いやいや、神経質すぎない?
いや、でも、誰がどこで何を聞いてるか分からないもんね。
壁に目あり、障子に耳ありっていうし。

「とにかく、対策は打ってある」

「学校にいる俺の知り合い全員に、あの、皆も持っている機械を持たせてある。

それで、会話を探るんだ。
構内のあらゆる会話を。
そんなんで大丈夫なのかって?

大丈夫。
盗聴器と録音器が一つになった、親父の友人が開発して特許を取った機械も、校内のあらゆるところに仕掛けてあるから。

それでワイロが明るみに出れば、奴らも、この学園にはいられないさ。
 
『学園の規則に違反したものは、直ちに退学の処分とする』ってあるし。

そして、一度退学になれば、そんな人をわざわざ入学させる高校もないしね。

公立高校は知らないけど。

つまり、自動的に、家庭裁判所で裁き受けるより厳しい、社会的に抹殺されてお先真っ暗っていうシナリオしか残ってないわけ」

あまりにもエグく、酷い仕打ちだ。
病室にいた誰もが、しばらく沈黙せざるをえなかった。

そんな機械、この世に存在するのね。

もう、何が何だかさっぱりだ。
SF映画でも見させられているのかと思うほどである。

「これでも麗眞、半ギレの範疇なんだよ?
本気でキレた麗眞、私でも見たことない」

麗眞くんの彼女である椎菜の言葉。

彼も、私という親友が命の危機にまで晒されたことに、憤りを覚えているに違いない。

「もうすぐ、面会が終わる時間よ。
理名ちゃんが心配なのは分かるわ。
でも、そろそろ帰りましょうね?」

この場に流れる重苦しい沈黙を破ったのは、凛さんの声だった。

皆が私にそれぞれ手を振ったり、また来るからと言い残して帰っていく。

再び、病室に静寂が訪れた。