「とりあえず、どうする?
理名ちゃん。

もしあれなら、今日は授業出ないでここにいるっていう選択肢もあるけど」

麗眞くんにそう言われたけれど、私は首を振った。

「本気で言ってる?
麗眞くん。

推薦で行くにしても、そうでないにしても。
きちんと試験でいい成績を取らなきゃダメなんだから。
だから、授業には出るわよ。

当たり前じゃない。
こんな幼稚でくだらない遊びに屈してる暇なんてないの」

そう言って、保健室を出ようとする私を相沢さんが腕を掴んで止めた。

「では、真面目な理名様の意志を尊重致します。

理名様。
これをお持ちください。
麗眞坊ちゃまたちにも同じものをお配り致します」

そう言って、相沢さんは、私たちの制服のブレザーの校章の裏に、小さな機械を取り付けてまわった。

「何ですか?
これ」

「旦那さまの知り合いが開発した、盗聴、録音や、録画機能もついた機械でございます。

まだ、市場には出回っていない試作品のようですが、性能を確かめるのにはうってつけだと思いまして。

ちなみに、あらゆる衝撃にも耐え、防水仕様にもしてありますの。
どんな仕打ちを受けても大丈夫かと。


「ちなみに、その機械の映像は全て、そのまま宝月家、つまり、俺の家のモニタリングルームに送られる仕組みになってる。
加工する余地なんてないように。

記録もちゃんと残るし。
証拠になるものは、全て残すようにする。
そこは安心してよ」

「そうそう。
証拠があれば、言い逃れできないしね」

「私たちはあんな幼稚な遊びには関わる気、到底ないしね。
かかってきなさいって感じ」

「私と麗眞と深月の両親の知り合いには弁護士もいるし、大丈夫」

「俺の親父も副業は刑事、おふくろのに至っては検察官。
甘く見ると痛い目にあうってこと、身を持ってわからせてやるよ」


麗眞くんは、いつになく低い声で、左右の指の骨をポキポキ鳴らす。
お坊ちゃまらしからぬ仕草だが、それほど今回の仕打ちは許せないようだ。

周りを見渡すと、宿泊オリエンテーションで絆を深めた、私の親友が全員揃っていた。

いつの間に来たのだろう。
仲間がいれば、心強い。

中学校時代は、1人で耐えていたのだ。

今回も、きっと耐えられる。
そう思った。

「さ、いざ、戦場に乗り込みますか」

私を列の最後尾にして、教室に入る。

皆、口々に挨拶を交わしていくなか、私には何の挨拶もされなかった。

「うわ、のこのこ登校してきてるし」

「ありえなーい」

聞こえない振りをして、一番後ろにある、なぜだか真新しい席に座る。

私の机の周りには、親友たちが群がる。

私を守ってくれる壁のようで、心強かった。

 チャイムが鳴る。
珍しく、チャイムと同時に先生が来た。

朝のホームルームも終わり、授業が始まる。
1時間目は国語だ。
うわ、予習するの忘れた。

昨日は麗眞くんの家で寝込んでいたから、予習どころじゃなかった。

当てられて答えられないと、嘲笑がクラス中から聞こえた。

「ダッサ。
こんなのもわかんないの?」

「昨日の範囲だし。
勉強してんの?」

「眼鏡かけてるくせに、頭悪っ」

「まぁ、仮病で休んでたから、しょうがないじゃん?」

仮病ではない。
まぁ、誤解されているならそれでもいいが。
コイツらには、関係のないことだ。

1時間目が終わると、次は数学の時間だ。
さきほどの国語とは違う。

先生に指名されたときも、問題をいともたやすく解く。
これくらいできなければ、枠の狭い推薦枠は狙えない。
苦手な国語の成績は、得意科目でカバーしなければならない。

「うざ」

「調子乗んな、って感じ」

嘲笑も、ひそひそ話も、何も聞こえないフリをする。

勝手に言わせておけばいい。


数学を終えると、休み時間を使って、英語の授業のクラスへ向かう。

先日、抜き打ちでテストを行った成績で、クラスが決まるらしい。

クラス分けの表を見ると、私と深月、椎菜、麗眞くん、華恋が同じクラスだった。

いじめという幼稚な遊びをしている集団は、戸惑っているように見えた。

この布陣だと、なかなか私1人を引き離すことは容易ではない。
といっても、英語のクラスのときは、他のクラスの人も混じる。

気が楽かな、と思った。
しかし、それは幻想だった。

 「ようこそ、英語のエキスパートクラスへ!
今の時点では、エキスパートですが、試験の結果次第で、容赦なくスタンダードに下がるということも、肝に命じておいてください」

先生の言葉だけは頭の片隅に入れておくことにして、授業が始まった。

皆の自己紹介を聞いて、感想を書くだけの簡単なワークだった。
最初だから、オリエンテーションのつもりなのだろう。

私と椎菜、麗眞くんは、なぜか先生に発音を褒められた。

クラスの皆の、麗眞くんと椎菜を見る目と、私を見る目が明らかに違うのが気になった。

気にしてもどうしようもない。

授業が終わると、私だけなぜか、先生のところに来るように言われた。
どうやら、授業で使ったマイクやスピーカーなどの備品を授業物資室に戻すのを手伝ってほしいということらしい。

私は、二つ返事で了承してしまった。
これが終われば、すぐに皆のところに戻ればいい。
そう思った。
そんな考えは、甘かったなんて知らずに。

 「助かったわ、岩崎さん」

「いいえ、とんでもないです。
頼まれたから引き受けただけですから」

そう言って、授業物資室を出る。

すると、物陰から出てきた誰かに、後ろから口を塞がれた。

私も、看護師の娘である。
また、宿泊オリエンテーションの時に見た夢の中で、拓実くんが使っていた護身術も、覚えている。

相手は後ろにいる。
私より背が高いということは、少なからず男性だろう。

力で敵うはずはないことが分かっていたが、上手く後ろに振り向けない中で、膝であろうところを思い切り蹴り上げてみる。

どうやら急所にクリーンヒットしたらしい。
ざまあみろ。

看護師の娘を甘く見て貰っては困る。

同じ制服の男が呻きながらうずくまったのを横目で見ながら、とにかくこの場から逃げるように離れる。

近くの階段を駆け下りた。

すると、急ぎすぎていたのか、階段でつんのめった。

残りは4段。
上手く着地できれば、何ともない風を装える。
しかし、体育の成績が2の私に、そんな高度な芸当は期待できなかった。

つんのめった瞬間、背中に誰かの両手の体温を感じた。

麗眞くんではないことは確かだ。
彼なら、香水の匂いを感じるはずだからだ。
階段の冷たさと、額から何滴も流れ落ちる血の感触。
身体の痛み。

空耳なのか。
誰かが、私を呼ぶ声がした。

「……ん」

 目を開けると、そこは学校の保健室、ではなかった。
何日か前にも見た、凛さんの顔があった。

「理名ちゃん!

無事?
よかった。
鞠子さんの宝物だからね。
何かあったら申し訳がたたないもの」

凛さんの声を合図にしたように、一斉に碧や美冬、華恋。

麗眞くん、椎菜に深月が病室に入ってきた。

「ごめん!
私たちも、手伝えばよかった!
そしたら、こんな目に、遭うこと、なかったよね」

申し訳なさそうにする椎菜。

「理名ちゃんにこれが付いてたから助かった、ってやつだな。
相沢は言ってなかったけど、GPS機能まで付いてるの、これ。
モニタールームから連絡受け取ったの、相沢だったし。

急いで手当てして、相沢さんが南に連絡してこの病院に連れてった」

例の機械を見せながら、言う麗眞くん。

碧ちゃんが病室のテレビをつける。

私立S高校の生徒が、同じ学校の1年生の女子生徒を階段から突き落としたとして、傷害暴行罪として調べていることを報じていた。

しかも、殺人未遂も視野に入れているようだ。

しかも、その映像にはモザイクはかかっているが、当事者には分かる。

間違いなく、私の高校だ。

女子生徒の命には別条がないことも、しっかりテロップで表示されている。

「とにかく、CTを撮りにいきましょうか、理名ちゃん。
皆は、一度出ていってくれる?」

凛さんに促され、検査室に行く。

軽いめまいでフラつきながらも、何とか横になり、からだの上を、無機質な音を立てて通る機械をボーっと見つめる。

脳神経外科の先生に、様子見のために、1週間入院するように言われた。

通う学校は私立だ。
そんなに休んでいたら、授業についていけなくなってしまう。

こんなんで、将来、ちゃんとした医者になれるのかな。
そう思いながら、とぼとぼと病室に戻った。