何だか、最近睡眠が足りていないようだ。
いくら眠っても、寝足りない。

そういえば、伊藤先生が言っていた。
尋常じゃない眠気に襲われるのも、生理中にはあるあるらしい。

この超豪邸に着いてからは、麗眞くんと拓実くんは仲良さげだ。

かく言う私も、椎菜や深月、碧や美冬、華恋とも、会って数分後には仲良くなっていた。

同性同士の友情が芽生える時間は、そう長くかからないようだ。

今頃は二人で、身体を温めながら、仲良く今日の疲れを癒しているのだろう。

何度欠伸を噛み殺しても、襲ってくる睡魔に対抗するには、どうすればいいのだろう。

周りを見渡すと、さっき、彩さんが持ってきてくれた、「Have a fun!」と白いロゴが書かれた黒い長袖Tシャツ。

その下には水色に白いストライプの七分丈ロングパンツがある。

どこまでも私好みだ。
着替えれば、少しはスイッチが切り替わるだろうか。

……。


制服を脱ぐと、じんわりと汗ばんでいるのが分かった。
それで熱があったことを、ようやく自覚する

……。
彩さんなりの、優しい心遣いが詰まった服を着る。
そして、冷めないうちにお粥に手をつけた。

食器自体が熱に強いのか、まるで出来立てみたいな熱さだった。

「あっつ……」

想像より、熱かった。
ふうふうと地道に冷まして、頂く。

「美味しい」

人が、自分のためだけに作ってくれたものを食べる。
それは、ずいぶん久しぶりな気がした。

この家の人からすると、私なんて、身内でも何でもないはずなのに。

そこまで世話を焼いてくれたことも、嬉しかった。

ちょっとは、特別な存在だと、認識してくれているのかな。

自然と、笑みがこぼれてきた。

特別な存在、というフレーズで思い出すのは拓実くんのことだ。
彼のことを考えると、心が穏やかになる気がする。
これが、恋の力なのだろうか。


お粥を食べきると、空になった器に向かって手を合わせてから、ひとつ息をつく。

枕元に置いてあったスポーツドリンクを喉に流し込む。

その横に、体温計が置いてあることに気がついた。
これで測れ、ってことだよね? 

しぶしぶ、長袖Tシャツから右の袖を片方抜いて、体温計を差し込む。

ここで、麗眞くんか拓実くんが来ないことを祈りながら、それが鳴るまで待つ。

待っている間の、無音の静寂が、なんとも退屈で、暇で、もどかしい。
手や身体を動かしていることだけでも出来るならば、と思った。
しかし、体温を測っている以上、それも出来ない。

早く、この静寂を、ピピッという無機質な電子音で破ってほしい。
そう考えたとき、タイミングよく、体温計が鳴った。

表示を見ると、「36.8」とあった。
誰がどう見ても、これは微熱である。
ここまで下がったのは、拓実くんの冷えピタのおかげだろうか。

ふと、下半身に違和感を感じた。
今朝、授業が終わったときに感じたのと、同じ感覚だ。
生理か。
直感で、部屋を出て、お手洗いを探すべく、視線をキョロキョロさせる。

ナイスタイミング。

執事さんらしき背の高い人と廊下を歩いていた彩さんを捕まえて、場所を聞く。
迷いそうだから、一緒についてきてくれるという。

そして、私が個室に入るときに、彼女は、自分の部屋着のポケットから巾着を取り出した。

その中から花柄模様のものを出して、私に渡してくれた。
そういえば、深月と一緒に、トイレの個室に入ったときに、似たようなものを見た。

「あんま、慣れてないみたいだったしね?
同性だと、初潮が来たの、わかっちゃうのよ。
さあ、早く行ってきなさいな」

彩さんに送り出されて、個室に入り、用を済ませる。

普通に、転んで怪我したとか、靴擦れをした傷の時のような真っ赤ではない血液の付き方にビクビクした。
それをはぎとり、新しいものをショーツに当てた。

はぎとったものは、中身が取られてただの包みになった外身にくるむ。

「フタは5秒後に自動で閉まります」と書かれたところに突っ込んだ。
ヴィーンと聞き覚えのない音を立てて、ブツが吸い込まれていく様子は、 何だか滑稽だった。

やっとの思いで個室を出ると、手洗いを済ませてから、念入りにハンドドライヤーで乾かす。

こんなものまである辺り、この「超豪邸」がいかに至れり尽くせりかを教えてくれる。

鏡の中の自分を見て、気が付いた。

メイクなんて落とさないまま、眠りについてしまっていたのだ。
マスカラが落ちて、パンダ目状態になってしまっている。
彩さんはそれに気づいたのだろうか。

彼女だけ先に化粧室を出て、3分もしないうちにまた戻ってきた。

その手には、コットン数枚と、マスカラのような容器と、クレンジングオイルのボトルがあった。

「これがあれば、完璧ね。
マスカラリムーバー。
意外に万能なのよ?
まつげ傷めないしね。

理名ちゃんの場合、眼鏡さえかければ、すっぴんでもばれないと思うわ」

そう言うと、マスカラリムーバーを私のまつげに当て根元から毛先に向かって動かしながら、なじませた。
500円玉大ほどの量のクレンジングオイルを浸したコットンを2枚作った彩さん。
それで、私のまつげを挟むと、そのままふき取った。

生々しいほど、真っ黒になったコットンは、容赦なく、ゴミ箱に放り込まれた。
洗面台のお湯を「ぬるい」に設定した彩さん。外で待っているとだけを言い残して、化粧室を出て行った。

ポイントメイク落としは手伝った。
ベースメイクを落とすのは自分でやれ、ということだろう。

お言葉に甘えて、クレンジングオイルをたっぷり使わせてもらって、メイクを落とした後眼鏡を掛けた。

「お待たせ、しました」

「クレンジングオイル、もう使い切ってくれたみたいね。
ちょうどよかったわ。
肌に合わないのが残ってて、そのまま捨てようかと思っていたものだったの。

逆に使い切ってくれてよかったわ。
ありがとう」

そんな会話をしていると、私のベッドがある部屋の前まで来ていた。
わざわざ、迷わないように部屋の前まで来てくれたらしい。

「何から何まで、ありがとうございました。おやすみなさい、彩さん」

「何のことかしら?
お礼を言われるようなことをした覚えはなくてよ。

とにかく、お大事にね?
おやすみなさい」

彼女の言葉に会釈をしてから、部屋のドアを閉めた。