結局、学年種目と大縄跳びだけには必ず出なければならないということらしい。

体育祭は5月下旬だ。
あと1か月近くある。

それまでに、なんとか人様に迷惑を掛けないくらいのレベルまで持っていかなければ。

「当日、休めるなら休みたい」

「こら、岩崎。
当日、休むなよ?
ちゃんと出席とるからな?」

先生、地獄耳ですか。
そして、いつの間に起きていたのか。
起きている気配がなかった。

どこぞのホラー映画より怖い。

わざと大きくため息をつくと、ロッカーの荷物を出して、帰宅準備をした。

ロングホームルームの終わり際に、もう伝達事項は聞いたのだ。

「今日はこれで終わりだ。
お疲れ様。
また明日な」

律儀に、生徒全員に声を掛けてまわる担任。
昇降口まで降りると、深月と碧、華恋、美冬がいた。

「そういえば、全然、理名の話聞いてなかったな、って思ってさ。

椎菜ばっかり構ってたから」

器用に自動販売機にお金を入れて、飲み物を買う深月の横顔が、夕焼けに照らされてまぶしかった。

次々に取り出し口に落ちてくる缶やペットボトルを、それぞれがこれまた器用に、自分の手元に収めていく。

「まぁ、私は華恋づてに聞いてるんだけど」

そう言う美冬の手から、私に缶コーヒーが渡された。

「ありがと」

その場にいる全員に飲み物が渡ると、近くの椅子に適当に並んで座った。

「椎菜、はきっと彼氏と2人で、仲良く帰ってるよね」

「そうなんじゃないの? 
ってことで、今からは理名の話、聞かせて貰うから」

皆の、好奇に満ちた目線が、痛いくらいに突き刺さってくる。

覚悟を決めて、手短に、桐原 拓実くんと夕飯をご一緒したときのことを手短に話し、証拠として彼とのメールのやり取りを見せた。

「あれ、いつの間に聞いたの?」

「違うって、向こうからメッセージで送って来たの」

「それホント?」

「すぐ何か送った?」

美冬、深月、碧の声色と表情が明らかに変わる。
事情を1人だけ知る華恋は、ドヤ顔で聞いている。
言葉で言うよりも、実際に見せたほうが早い。
やりとりを見せる。

3人はそれぞれ顔を見合わせて、私の目を覗き込むように見た。

「ね、理名。
その拓実くん、アンタに相当、本気だよ?

友達として見てる人に気前よく奢ったりしないよ、普通。

社会人とかならいざ知らず、高校生になりたてのバイトもしていない学生だからね?」

「理名としてはどうなの?」

「ちょっとでもいいな、とか、友達以上になりたい、とかある?
理名次第だよ」

矢継ぎ早に質問をされて、答えに窮した。

「あの、丁寧に、話聞いてあげよ?
理名、混乱してるから……」

碧ちゃんの言葉で、一同は黙り込んだ。

「そうだよね。
ごめん、理名」

「つい、気合入っちゃって……」

「でも、嬉しいよ。
ありがとう皆。
私も何かあれば逐一連絡とか相談するから。
よろしくね?」

皆が、ポカンと口を開く。
何か変なこと言ったかな……

「何か、いつにも増して、理名が素直なんだけど。
これが恋のチカラ? 
拓実くん効果?」

「人って、恋をすると変わるって本当だわ」


「明日、季節外れの寒さとか、雪とかあり得るかも?」

口々に皆がそんなことを言うから、ちょっとやり返したくなった。

「もう、深月も華恋も美冬も、碧も。
そんなこと言うなら、前言撤回。
連絡も相談もしないもん」

華恋と碧は知らないが、先程の保健室での会話の再来のようだった。
そう言い捨てて昇降口に向かう私を、皆は慌てて止めた。

「もー。理名、ほんと真面目。
さっきも似たようなことになったじゃん?
冗談通じないんだから」

残り少ない缶コーヒーを飲み干して、ゴミ箱に放り投げると、皆で歩いて駅まで帰った。

もう17時を過ぎていた。
家に帰るには、1時間はかかる。

「ね、まだ予定とか決めてないの?
拓実くんと」

美冬の言葉に頷くと、華恋が提案した。

「どうせなら、体育祭のための体力づくりっていうか、運動慣れの意味も兼ねてアミューズメント施設でも行けば?
拓実くんと」

そういえば、カラオケからボウリング、バッティングセンター、バドミントン、スケートやフットサルまで何でもできる施設があるという。

それがついに、この近所にも出来たと話題になっていたのを思い出した。

「拓実くんに頼れば大丈夫。
むしろ、向こうも頼られたほうが嬉しいと思うし。
前向きに考えてみてもいいんじゃない?」

「そうそう、運動するなら、むしろいつもの理名みたいな私服でいいしね。

この前みたいに、私がコーチしなくていいからうってつけじゃない?」

そんな話を貰って、駅の改札を出たところで皆と別れた。
ちょっと、考えてみようかな。