注文したものを完食してから、そろそろ帰ろうか、という彼の声で、席を立つ。

「趣味はなんですか?」とか。
私も負けじと、拓実くんがあの高校に入った理由の一つでも聞けばよかったのに。

そんなことを、何にも聞けないままだった。
 
お会計は、私がお手洗いに立った間に、済まされていたらしい。

私も一応お年玉の残りを持ってきたのに、いいのだろうか。

そんなことを思いながら、彼と2人でレストランを出た。


「じゃあ、今日はありがとう」

これを言って、早く帰ろうと思っていたところだった。
拓実くんに軽く腕を引かれた。

「どうしたの?」

「んー?
理名ちゃんの最寄り駅までは送る。
好きな女の子1人で歩かせるほど、俺はバカじゃないし。

電車の中で何かあったらって思うと、気が気じゃないから」

そう言って、ごく自然に私の隣を歩く彼。

「ありがとう」

脈なんて測らなくても、心臓が速く動いているのがわかった。

道中、何を話していいのかなんて、分からなかった。
変に会話を始めて、中途半端になってしまうのも、もったいなく感じた。

無言のまま、みなみとうと駅に到着した。
私の、自宅の最寄り駅だ。

「今日はありがとう。
楽しかった」

私がこう言って手を振ると、彼はこちらこそありがとうと言いながら、笑って手を振ってくれた。
彼は改札に磁気定期券を通した後、振り返って私に手を振ってからホームへの階段を降りていった。

少し改札の方に目をやってから、自らの家がある方向に足を向けた。

すると、私のスマホの画面が点灯して、メッセージの着信を知らせる。

さっき別れたばかりの彼からだった。


『理名ちゃん
 今日はありがとう。
久しぶりに楽しかった。
また会おうね!』

その文言の3行後に、数字の羅列とアルファベットの羅列を発見した。

「帰り際無言になっちゃってごめん。
交換のタイミング見計らってたんだけど、結局逃しちゃったから送る」

その下には、彼のものと思われる、携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。

私も、それにならって、携帯電話番号と、メールアドレスを送った。

すぐに、スマホが「新着メールがあります」と伝えてきた。
スマホ、忙しいなと自然に笑みがこぼれた。

件名は、『理名ちゃん さっきまで会ってた人です』
と書かれていた。

『理名ちゃん
今日は本当にありがとう!
次回は理名ちゃん奢るとか言い出さないか心配だった。
気にしなくていいからね!
今度もまた機会あればご飯でも行こうね。
では!』

彼らしい文面に、思わず顔をほころばせた。

『こちらこそありがとう。
私もとっても楽しかったー!
またね!』

5分もしないうちに、またメールが来た。

『あ!言うの忘れてた。
あの宿泊学習の帰りの服とイメージ違って、女の子らしくて可愛かった。

あんな可愛い服着ていいの、俺と2人の時だけにしてねー?

じゃ、寒暖差激しいし、もう夜だから……
風邪ひかないようにね?

おやすみ』

送られてきたこの言葉に、顔が真っ赤になったのがわかった。

華恋に、帰ったらお礼を言わなければ。
このデートは、果たして成功といえるのだろうか。
『恋愛のカリスマ』からの評価がほしい。

そんなことを考えていると、駅ビルに入ってしまっていたようだ。
時刻は21時。

ファストフードチェーンと1つの上の階にある飲食店しかやっていないようだ。

なんでこんなところ、入ったんだろう。
駅ビルを出て、エスカレーターに乗る。

降りたところで、信号が青に変わったのが見えた。
間に合うようにダッシュし、無事渡り終えたら家までの道をゆっくり歩いた。

彼への返信を、どうしようか。

華恋にどうやって言おうか。
考えながら。


家に帰ると、父はもう帰っていた。

「おかえり。
理名、夕飯は食べたのか?」


「食べてきたから大丈夫」

それだけを言って、2階に上がった。
すぐさま、華恋にSMSを送る。

「ただいま!
今日は本当にありがとう!!
拓実くんにこんなこと言われちゃった!」

メールの文面をコピーペーストして、共に送信する。
すると、すぐにショートメールがきた。

『やったじゃん、理名!

しかし、拓実くんも言うねぇ。
アンタも恋すれば化けるのねぇ。

いくら男の子ぶってても、やっぱり女の子、ってことよ。

いいかげん自覚しなさいな』

この返信のあと、華恋から電話がきた。

『やったね、理名!
また次も私に任せてー!
しかし、拓実くんがあんなこと言うなんて、こりゃ、堕ちたも同然ね。
理名、頑張って次も理名から誘ってみなさい!
会いたいって』

矢継ぎ早な彼女の言葉をなんとか受け止めてから、ゆっくり返す。

「でも、なんて言えばいいかとか、あれにどう返信すればいいかわかんないし……」

『もう、理名!!
時間あげるから、メモとペン!!』

彼女が待ってくれている間に、ルーズリーフとボールペンを持って携帯電話を脇に挟む。

「お待たせ!!
もう大丈夫!

「いい?
今から言うことを一字一句間違えずにメモをとること!
『拓実くん、今日は本当にありがとう。

久しぶりにとっても楽しい時間を過ごせた気がする!

今度はカフェでゆっくりお茶するとか、映画とかもいいかもね!

予定空いてる日あったら教えてね!
では、おやすみなさい』

こう打てば、もう間違いないわよ』

華恋の言葉を、何度も聞き返しながら、必死にメモに書き留めた。

『予定確定したら言って?
また私が理名のイメチェンに尽力するから!

あ、理名、明日は質問攻めを覚悟した方がいいかもね?

椎菜にもこれは言ったけど。
彼女も彼女で、進展があったみたいだし。
じゃ、そういうことで、おやすみ!』

虚しい機械音だけを残して、電話は切れた。
明日、皆から何を言われるんだろう。


私は、椎菜の進展具合が気になったのと、拓実くんの顔が頭に浮かんで、なかなか眠れなかった。