車中で、私と仲良さげにしていた人についてメンバーから言及された。
私の亡き母の同期である医師だと話すと、納得してくれた。
そして、ここでようやく、数年越しに私の手に渡ったあるものの話をすることが出来た。
「お母さんからの、娘の未来への投資で電子辞書なんて、粋だねぇ」
「後で見せて!」
リムジンの中で和気あいあいと話していると、車はとっくに研修センターに着いていた。
ロビーには担任の先生がいた。
「詳しくはドクターヘリに同乗していた方から聞いたから分かるよ。
今日はもう遅い。
早く寝なさい」
そう促され、部屋に戻った。
皆でドアを開けると、涙ぐんでいた華恋が顔を上げた。
「華恋と美冬、本当にお互い大切なんだね。
あんなふうに平手打ちしたり、言いたいこと言えるのってすごいと思う」
「そうそう。
友達とのうわべだけの付き合いが増えてるみたいね。
そういう付き合いだけはするな、って、両親から言われてるし。
本気でぶつかれるって今どき羨ましい」
深月と椎菜の声掛けにより、落ち着いたらしい彼女は、椎菜の胸でしばらく泣いていた。
「落ち着いたら顔洗ってきな?
華恋。
理名が、皆がうらやむ素敵な物お披露目してくれるって!」
「ほんと?」
皆がうらやむ素敵なものって……
ハードル上げないでくれるかな……
「素敵なものってなぁにー?」
「電子辞書。
最新の、ね。
医学書とか英和辞書とかの電子コンテンツ豊富なもの。
私の将来、ちゃんと考えてくれてたみたい。
当時は仕事ばっかりで、娘と食事さえもあまりしてくれなかったけど」
「親だもん、ちゃんと娘のことは一番に考えるでしょ」
「そうよー」
「で?
どこにあるの?」
電子辞書入りの紙袋を持って最初に入った部屋を思い出す。
「あ、私達の部屋だ」
「じゃあ移動しようかー」
ぞろぞろと列をなして、私達のグループの部屋に向かった。
部屋に入ってすぐ、紙袋からネイビーの電子辞書を取り出す。
「ネイビーっていうのが、理名らしいね!」
「本当は、電子辞書の横についた『夢』っていうお守りを渡したかっただけじゃない?」
「そうかもね。
私が母の部屋にあった医学書やら保健室にあった医学の本に興味もってたって知っていたのよ。
母は自分より優秀に育つ、って思ったのかも」
「きっとそうだよ。
私への処置も病院への電話の時も症状を的確に伝えてきたって。
理名の母にそっくりだって、私を治療してくれた先生が言ってたもん。
看護師にしても、医者になるにしても、母の実力を超えるだろうとも言ってたよ?」
凛先生、そんなこと言ってたの?
恥ずかし……
椎菜の言葉に、思わず顔を赤面させた。
「理名、顔真っ赤ー!!」
ベッドに横になりながら、皆からの冷やかしをかわしていると、深月が口を開いた。
「そういえばさ、さっき、枕投げしてたらリアルに先生来たじゃない?
そのとき、椎菜と麗眞くん、カーテンの裏に隠れてたよね?
2人で何してたのかなー?」
「そうそう、出てきたとき、椎菜ちゃん、顔真っ赤だったよねー?」
すっかり落ち着いて元の調子を取り戻した華恋が、椎菜に畳みかけるように問う。
「そういえば、お風呂入る前も麗眞くんに何か言われてたよね?
椎菜。
顔真っ赤だったの覚えているもん」
「白状すること!
勝者命令です!」
そんなことを思い出したものだから、私も言ってみた。
陽菜の勝者命令により、正直に言わざるを得なくなった。
彼女は、いつもの彼女らしくない自信なさげな、蚊の鳴くような声で、こう呟いた。
「麗眞に私から聞いたって、言わないでね?
ハジメテだから不安がってた、ってことも、言わないでおいてくれる?」
私が聞いたことない単語が聞こえたのは気のせいだろうか。
同じ部屋に集まっているはずの女子の目は、みんな一様に丸くなって見開かれていた。
ハジメテ、って?
何が?
何のことだか、さっぱり分からなかった。
「あのね、麗眞に、言われたの。
美冬とその、幼馴染の賢人くん?
十中八九両想いだから、くっつけるのに協力してくれ、って。
協力してくれたら、とびきりのご褒美やる。
明日じゃない、もう今日になってるけど、解散した後か、それが嫌なら明日1日休みの日を使える。
その時に家来れば今までみたいに未遂じゃなくて、ちゃんと最後までシてやる、って……」
「それ、マジで言ってる?
椎菜」
「私、もうとっくに椎菜は、バージンを卒業済みだと思ってた!
だからあんなに胸もあるし、スタイルもいい。
下着もいつも色気がある麗眞くん好みのものをつけてるのかと」
華恋と深月が口々に、そんな言葉を言う。
そんな空気をぶち壊すように、野川ちゃんが衝撃的な一言を発した。
「ね、さっきから、ハジメテとかバージンとかなんの話?」
「まさか知らないのぉ……!?」
「まあ、野川ちゃんは恋愛とか興味なさそうだもんね。
まぁ、興味なかった、っていう過去形は理名だけど。
でも、そこまでは知らないだろうから」
「野川ちゃんのマイペースというか、気まぐれにオトコが愛想尽かしそうよね」
さりげなく、ディスってるけど、大丈夫なの?
不安になりつつも、私も、まるでそのことはよくわからない。
父親が朝帰りのときは、父親と知らない女との「そういう光景」を、想像してみようとは思うが、途中で嘔気に襲われる。
だから、そこで想像を辞めざるを得ない。
深月は、野川ちゃんと私を手招きして耳打ちする。
「あのね、要は、男の人のフランクフルトの大きさ前後みたいなものが女の子の×××に○○のよ。
保健体育なんかじゃ、こんな生々しい話しないもんね、知らなくて当然だけど」
「無理無理無理無理無理ー!
なにそれー!」
想像したくもない。
なにそれ怖い。
どういう流れで、そういう行為をしようと思うのか、理解に苦しむ。
「ハジメテって痛いんでしょ?
血とか出るって聞いたけど……」
「え?マジで?」
「まぁ、血くらいなら大丈夫だけどね。
女子日の血祭りで見慣れてるし」
そんなあけすけな話題に、私以外の女子がどっと沸いた。
女子日?
血祭り?
私は、何のことだかさっぱり分からなかった。
さすがに、それまで聞くのは憚られた。
今度こっそり、聞いてみるとするか。
女子日とか血祭りについて、宿泊学習の後に知るなんて、当時の私は想像もしていなかった。
「椎菜、怖くないの?
麗眞くんとスるの」
「怖くない、って言ったら嘘になる。
麗眞はちゃんといつも着けてくれてるし、優しいって信じてるから。
未遂だから、途中までは経験済みだしね」
さらに、椎菜への追求は続いた。
あの時は、麗眞くんに腕を引っ張られてカーテンの後ろに隠れた。
その際に、約束通りに中断はなしで、最後まですることは確定だ、と本人から言われた。
その後におやすみという言葉と共に軽いキスをくれたらしい。
その言葉に、女子勢は一斉に身悶えた。
羨ましいシチュエーションであるらしい。
「何それ!」
「うらやましいなぁ」
途中まで、ということはディープキスも、胸を触られることも、身体を撫でられることも。
大事に守ってきた部分を大好きな人に開かれる緊張感も経験済みらしい。
私には想像もつかない、未知の話だった。
他の皆はハジメテとやらを経験しているのだろうか。
あるいは、これから経験するのだろうか。
どのような流れで、ハジメテのことをシたいと思えるのだろうか。
……そんな相手が、私に現れるのだろうか。その相手が、あの人であればいいのに。
そんなことをぼんやりと考えていた。
いつの間にか、彼女たちの声は私の耳を刺激しなくなっていた。
私の亡き母の同期である医師だと話すと、納得してくれた。
そして、ここでようやく、数年越しに私の手に渡ったあるものの話をすることが出来た。
「お母さんからの、娘の未来への投資で電子辞書なんて、粋だねぇ」
「後で見せて!」
リムジンの中で和気あいあいと話していると、車はとっくに研修センターに着いていた。
ロビーには担任の先生がいた。
「詳しくはドクターヘリに同乗していた方から聞いたから分かるよ。
今日はもう遅い。
早く寝なさい」
そう促され、部屋に戻った。
皆でドアを開けると、涙ぐんでいた華恋が顔を上げた。
「華恋と美冬、本当にお互い大切なんだね。
あんなふうに平手打ちしたり、言いたいこと言えるのってすごいと思う」
「そうそう。
友達とのうわべだけの付き合いが増えてるみたいね。
そういう付き合いだけはするな、って、両親から言われてるし。
本気でぶつかれるって今どき羨ましい」
深月と椎菜の声掛けにより、落ち着いたらしい彼女は、椎菜の胸でしばらく泣いていた。
「落ち着いたら顔洗ってきな?
華恋。
理名が、皆がうらやむ素敵な物お披露目してくれるって!」
「ほんと?」
皆がうらやむ素敵なものって……
ハードル上げないでくれるかな……
「素敵なものってなぁにー?」
「電子辞書。
最新の、ね。
医学書とか英和辞書とかの電子コンテンツ豊富なもの。
私の将来、ちゃんと考えてくれてたみたい。
当時は仕事ばっかりで、娘と食事さえもあまりしてくれなかったけど」
「親だもん、ちゃんと娘のことは一番に考えるでしょ」
「そうよー」
「で?
どこにあるの?」
電子辞書入りの紙袋を持って最初に入った部屋を思い出す。
「あ、私達の部屋だ」
「じゃあ移動しようかー」
ぞろぞろと列をなして、私達のグループの部屋に向かった。
部屋に入ってすぐ、紙袋からネイビーの電子辞書を取り出す。
「ネイビーっていうのが、理名らしいね!」
「本当は、電子辞書の横についた『夢』っていうお守りを渡したかっただけじゃない?」
「そうかもね。
私が母の部屋にあった医学書やら保健室にあった医学の本に興味もってたって知っていたのよ。
母は自分より優秀に育つ、って思ったのかも」
「きっとそうだよ。
私への処置も病院への電話の時も症状を的確に伝えてきたって。
理名の母にそっくりだって、私を治療してくれた先生が言ってたもん。
看護師にしても、医者になるにしても、母の実力を超えるだろうとも言ってたよ?」
凛先生、そんなこと言ってたの?
恥ずかし……
椎菜の言葉に、思わず顔を赤面させた。
「理名、顔真っ赤ー!!」
ベッドに横になりながら、皆からの冷やかしをかわしていると、深月が口を開いた。
「そういえばさ、さっき、枕投げしてたらリアルに先生来たじゃない?
そのとき、椎菜と麗眞くん、カーテンの裏に隠れてたよね?
2人で何してたのかなー?」
「そうそう、出てきたとき、椎菜ちゃん、顔真っ赤だったよねー?」
すっかり落ち着いて元の調子を取り戻した華恋が、椎菜に畳みかけるように問う。
「そういえば、お風呂入る前も麗眞くんに何か言われてたよね?
椎菜。
顔真っ赤だったの覚えているもん」
「白状すること!
勝者命令です!」
そんなことを思い出したものだから、私も言ってみた。
陽菜の勝者命令により、正直に言わざるを得なくなった。
彼女は、いつもの彼女らしくない自信なさげな、蚊の鳴くような声で、こう呟いた。
「麗眞に私から聞いたって、言わないでね?
ハジメテだから不安がってた、ってことも、言わないでおいてくれる?」
私が聞いたことない単語が聞こえたのは気のせいだろうか。
同じ部屋に集まっているはずの女子の目は、みんな一様に丸くなって見開かれていた。
ハジメテ、って?
何が?
何のことだか、さっぱり分からなかった。
「あのね、麗眞に、言われたの。
美冬とその、幼馴染の賢人くん?
十中八九両想いだから、くっつけるのに協力してくれ、って。
協力してくれたら、とびきりのご褒美やる。
明日じゃない、もう今日になってるけど、解散した後か、それが嫌なら明日1日休みの日を使える。
その時に家来れば今までみたいに未遂じゃなくて、ちゃんと最後までシてやる、って……」
「それ、マジで言ってる?
椎菜」
「私、もうとっくに椎菜は、バージンを卒業済みだと思ってた!
だからあんなに胸もあるし、スタイルもいい。
下着もいつも色気がある麗眞くん好みのものをつけてるのかと」
華恋と深月が口々に、そんな言葉を言う。
そんな空気をぶち壊すように、野川ちゃんが衝撃的な一言を発した。
「ね、さっきから、ハジメテとかバージンとかなんの話?」
「まさか知らないのぉ……!?」
「まあ、野川ちゃんは恋愛とか興味なさそうだもんね。
まぁ、興味なかった、っていう過去形は理名だけど。
でも、そこまでは知らないだろうから」
「野川ちゃんのマイペースというか、気まぐれにオトコが愛想尽かしそうよね」
さりげなく、ディスってるけど、大丈夫なの?
不安になりつつも、私も、まるでそのことはよくわからない。
父親が朝帰りのときは、父親と知らない女との「そういう光景」を、想像してみようとは思うが、途中で嘔気に襲われる。
だから、そこで想像を辞めざるを得ない。
深月は、野川ちゃんと私を手招きして耳打ちする。
「あのね、要は、男の人のフランクフルトの大きさ前後みたいなものが女の子の×××に○○のよ。
保健体育なんかじゃ、こんな生々しい話しないもんね、知らなくて当然だけど」
「無理無理無理無理無理ー!
なにそれー!」
想像したくもない。
なにそれ怖い。
どういう流れで、そういう行為をしようと思うのか、理解に苦しむ。
「ハジメテって痛いんでしょ?
血とか出るって聞いたけど……」
「え?マジで?」
「まぁ、血くらいなら大丈夫だけどね。
女子日の血祭りで見慣れてるし」
そんなあけすけな話題に、私以外の女子がどっと沸いた。
女子日?
血祭り?
私は、何のことだかさっぱり分からなかった。
さすがに、それまで聞くのは憚られた。
今度こっそり、聞いてみるとするか。
女子日とか血祭りについて、宿泊学習の後に知るなんて、当時の私は想像もしていなかった。
「椎菜、怖くないの?
麗眞くんとスるの」
「怖くない、って言ったら嘘になる。
麗眞はちゃんといつも着けてくれてるし、優しいって信じてるから。
未遂だから、途中までは経験済みだしね」
さらに、椎菜への追求は続いた。
あの時は、麗眞くんに腕を引っ張られてカーテンの後ろに隠れた。
その際に、約束通りに中断はなしで、最後まですることは確定だ、と本人から言われた。
その後におやすみという言葉と共に軽いキスをくれたらしい。
その言葉に、女子勢は一斉に身悶えた。
羨ましいシチュエーションであるらしい。
「何それ!」
「うらやましいなぁ」
途中まで、ということはディープキスも、胸を触られることも、身体を撫でられることも。
大事に守ってきた部分を大好きな人に開かれる緊張感も経験済みらしい。
私には想像もつかない、未知の話だった。
他の皆はハジメテとやらを経験しているのだろうか。
あるいは、これから経験するのだろうか。
どのような流れで、ハジメテのことをシたいと思えるのだろうか。
……そんな相手が、私に現れるのだろうか。その相手が、あの人であればいいのに。
そんなことをぼんやりと考えていた。
いつの間にか、彼女たちの声は私の耳を刺激しなくなっていた。