麗眞くんの大活躍のおかげで、フットサルも私たちのクラスが勝った。

「麗眞、お疲れ様!」

タオルやらペットボトルを手渡す椎菜ちゃんの姿は、いっぱしの運動部のマネージャーのようだ。

「ありがと。
椎菜たちも頑張ってたみたいじゃん?
ドッジボール。
最後まで相手の陣営に残ってたのは琥珀ちゃんかな?」

「知ってるんだ?」

「俺の親父の親友の娘だよ。
もっと言うと深月ちゃんもそうなんだけど。

俺の親父の親友の娘。

よく、俺の親父が、夏休みになると椎菜とか深月ちゃん、琥珀ちゃんの両親をグアムの別荘に招待して皆ではしゃぎまくるのが恒例だったから。
皆もいたから、もう見知った仲、ってわけ」

えぇっ!?
深月ちゃんも、そうなの?
そんな素振り、一切見せなかったのに。

でも、よくよく思い返してみれば、初めて会ったあの日、深月ちゃんは麗眞くんには何の挨拶もしていなかった気がする。

「そういうこと。
私のお母さんもお父さんも、琥珀ちゃんのお父さんのことは知ってるしね。

特に、彼女の母親とは中学生のころから親友だったみたいだし。

えっと、深月ちゃんのお父さんとは、高校生の頃から。
お母さんとは中学生の頃からの親友だったそうよ。
ちょっとこんがらかりそうなくらいな関係なんだよね。

娘の私も、やっと最近になって、関係を把握したところだし。
試合、まだだったと思ったし、声掛けてこようよ」

そう言って補足をした椎菜ちゃんは、麗眞くんの手を引っ張って、彼女を探しに行ってしまった。

「はぁ。
仲いいったらありゃしないね、あの2人。
まぁ、いいんだろうけど。
麗眞くんを狙う女子も、椎菜ちゃん相手じゃ、諦めるだろうし」

「そうね。
さっきのフットサル、麗眞くん大活躍だったしますますモテるわね、彼」

華恋ちゃんや美冬ちゃんがガールズトークを展開している。
そんなに、モテるのが羨ましいの?

そんなことを思っていると、次は私たちの試合のようだ。
思ったより相手のクラスが強く、苦戦を強いられた。

相手の内野の数をどうにか減らせないか必死に考えを巡らせている。
それがいけなかった。

当たったボールが視界を塞いで、目の前がぼやけた。
右が0.3、左が0.7という視力だ。
眼鏡がないと、何も見えない。
眼鏡がどこに飛んだのか、探す暇もすらなかった。

「理名ちゃん!?」

「大丈夫!?」

私のところに誰かが駆け寄って来る。
狙いすまして勢いの強いボールがコートに飛んできた。
多くの人が、コート内の床に転んだり、尻餅をついた。
その音に混じって、眼鏡が床に落ちる音も聞こえた。
しかし、眼鏡がどこにあるのか分からないと、周りの景色が全く見えないし、状況も把握できない。

「今ボールに当たって転んだ人、全員外野行きよ。
当たったんだから」

「ちょっと!
反則よ!
それ」

「そうよ。
大人気ないわ。
眼鏡とはいえ顔面に当たったことも。
試合が再開するとも言っていないのに勝手に進めるのも。
卑怯よ!」

秩序を無視しためちゃくちゃなルールに、深月ちゃんや華恋ちゃんが抗議する。

「これが勝負ってものよ。
私たちのクラスは勝つためには手段を選ばないから」

相手チームの女の子も、負けじと言い返す。
悔しそうに唇を噛む皆を見回して、相手を睨みつけたのは深月ちゃんだった。

「なにそれ。

そういう卑怯なのが一番許せない!
そういうエゴが一番嫌い。
自分さえよければいい、自分を中心に世界が動いている、他者は関係ない、そんなの間違ってる! 

発達心理学で言えば、そんな考えが思考の中心になるのは6、7歳の児童期までなのよ。

貴女は、それから成長してないってことになるわね、もう高校生なのに。

所詮、エスカレーター式の正瞭賢中等学園から上がってきた人って、皆こんな性格なの?
付き合いきれないって感じ」


彼女は母親譲りの心理学の知見を巧みに使い言い返した。
というより、論破した。

そんな空気に耐えられずにコートの外をふと見ると、さっきのツインテールの女の子、琥珀ちゃんが先生を引っ張って来ていた。

その左手には、私がいつも掛けている黒ぶち眼鏡があった。
彼女が拾ってくれていたらしい。

「なんか埒があかなそうだから、先生を連れてきたわ。
体育の先生」

指に包帯を巻いているところから見ると、やはり突き指だったらしい。
なんだか、悪いことしちゃったな……

「フェアプレーじゃないですよねこんなの。
スポーツマン精神に反しますよね?

元オリンピックアスリートの木月先生?」

「そうだな。
事の顛末は帳から聞いた。
1年E組は反則行為により失格とする。
よって、これ以上試合をする必要はなし!
文句がある奴は俺にかかってこーい!」

元ハンマー投げの選手だったらしい、木月と呼ばれた先生。
言われてみればボディビルダーみたいな筋肉してる。

そう言うと、さすがに向こうのクラスの人も、何も言わなくなった。

いやいや、先生、そこまで言うことはないと思うけど。

でもまあ、戦わずとも勝ったのだ。
これは、喜んでいいのだろうか。

「顔面に当てられて眼鏡が飛んだという生徒については、至急、養護の伊藤先生のところに行くように!」

 先生はそれだけ叫んで、ホワイトボードの方に歩み寄って何かを書き付けた。

「反則行為」

①暴言・暴力
②相手を不利にする行為(相手に怪我をさせたり、わざと、ボールを当てて相手の眼鏡を外すなど)

※その他、反則に値すると思う行為を見かけたり、されたりした際には、他の先生ではなく木月まで相談すること


大きな字で書かれている。


喘息の発作がある碧ちゃんがいるからか、彼女の隣にいた先生のところに行く。

「伊藤先生ー。
ドッジボールしてたらボールが当たって眼鏡吹き飛んだんです。
内出血等も見られないので、様子見で良いですか?」

「そうね。
眼鏡が守ってくれたのかもしれないわね。
お勉強のしすぎで視力が悪いのは分かるけど、眼鏡は外してやったほうがいいわね」

「了解です、ありがとうございます」

さりげなくディスられた気がするけれど聞かなかったふりをして、深月ちゃんたちのところに戻った。

すると、さっきのツインテールの子が肩を叩いてくれた。

「先生呼んできてくれてありがとう、琥珀ちゃん、だっけ?
指、大丈夫?
眼鏡も拾っておいてくれたんだね。
ありがとう」

「ありがとう。
琥珀って、気軽に呼んでくれていいのに。

ほんのちょっと腫れてるだけなのに、養護のあの先生、大げさなのよ。

眼鏡は気にしないでいいよ。
私がしばらく持ってるし。

にしてもさっきの連中、数が多かったから木月先生呼んじゃった。

数が少なければ、ジークンドーでなんとか口答えできないようにできたんだけどね」

サラリと怖い単語が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。

ドッジボールは、優勝の一歩手前までいって、負けてしまった。
次の相手には、真っ先に陽花ちゃんを集中攻撃された。

頼みの綱を失った早くに私たちのクラスは、精彩を欠いてボロボロの試合運びだった。
何度か、陽花ちゃんが内野に復活したが、それでも勝てなかった。

フットサルは最後まで勝ち進んで優勝したらしい。

琥珀ちゃんに眼鏡を渡してもらってから、ようやく視界がクリアになった。
やっぱり、眼鏡があると落ち着く。


特別に、先生がコンビニでクラスの人数分アイスを買ってきてくれた。
優勝と準優勝のねぎらいだろう。

皆、喜んで我先にとアイスの方に向かう。

「人数分ちゃんとあるから今から配るネームシール貼っておけ。
この後のバーベキューの際に食べるのを許可しよう」


担任に、今食べたいんだと口々に文句を言う生徒たち。

アイスなんて、何年食べてないんだろう。

抹茶味のものを探していると、それを待っていたように抹茶味のアイスのミニカップが目の前に差し出された。

「お疲れ。
そっちも頑張ったみたいじゃん?」

唯一の男友達の麗眞くんだった。

甘いものが得意ではないなんて、彼の前では言っていないのに、なぜ抹茶味のアイスを探していると分かったんだろう。

「ありがと」

カップの蓋の部分に「岩崎 理名」と書かれたネームラベルを貼り付けてからビニール袋に入れた。
その後は、みんなでバーベキューをやる広場にバスに乗って移動した。