「大丈夫だよ。
一番傷ついてるの、多分、勢いに任せてこういうこと言っちゃった、椎菜ちゃん本人のはずなんだから」

「そうなの?」

「うん。
治ったら、向こうから謝ってくれるはずだよ?

さ、椎菜ちゃんのことは、養護の伊藤先生と暫定彼氏さんに任せて、私たちはババ抜きトーナメントやろっか!

もう、私たち以外の班は部屋に戻ってるみたいだし。
将来の夢語って手紙書くのなんて、部屋でババ抜きやりながらできるはずじゃん?」

片目を一瞬だけ閉じて、愛嬌抜群に言った深月ちゃんの言葉に皆賛成したようだ。

先ほどまでは美冬ちゃんたちの部屋でババ抜きをやるはずで、カードはあらかた配り終えていたはずだった。
イチからやるより時間のロスはない。

「ねー、深月ちゃんはー?
お母さんがカウンセラーだっけ?
将来、やっぱりそういう仕事するの?」

「あー、どうだろう。
心理学には興味あるけどね。
でも、学者とか教授は嫌だなぁ、って思う」

「大体、ロビーに来る前にこの類の話はみんなで話しちゃったんだけどね」

美冬ちゃんによると、陽花ちゃんは体育教師、華恋ちゃんはウェディングプランナーになりたいらしい。

野川ちゃんは、まだ決めていないという。
昔は、気象予報士に憧れていたようだ。

皆の話をまとめる美冬ちゃんは、何になりたいのかというと、アナウンサーらしい。
皆、今からちゃんと夢持ってるなぁ。

「理名ちゃんたちのグループの子たちの夢も知ってるよー?
さっき聞いたもん。
碧ちゃんが、Webデザイナーだったよね?」

その碧ちゃんが小さく頷く。


「椎菜ちゃんは、獣医。
麗眞くんが、多分彼の父親と似た感じで、刑事兼タレントだそうです」


え、そうなの?
まぁ、あの両親と姉ありで、あの顔立ちだ。

社長がギネスブックに載った有名な事務所に履歴書でも送れば、すぐに通りそうだ。

「私たちが気になってるのは、理名ちゃんの夢なんだよねー、なぁに?」

「……看護師か医者。
悔しいから。
目の前で、お母さんが苦痛に耐えてるのに、何も出来ずに指をくわえて見てたのが」

「理名ちゃん、カッコイイ!
風邪ひいたら、理名ちゃんがいる病院行こうかな」

「まだ免許すらないけどねー」


そんな風に、話しながら廊下を歩いていると、美冬ちゃんたちの部屋に着いた。

「トーナメント戦だから、こういうのは書かないとね」

そう言いながら、碧ちゃんがトーナメント表をルーズリーフに書いている。
ボールペンによるフリーハンドの線で書かれたそれが出来上がる。

それ以外のメンバーは私と碧ちゃん、椎菜ちゃんたちの部屋で待機していることになった。
一度華恋ちゃんが部屋に戻った。

そして、私たちの背中を押すようにして待機部屋に促す。

部屋に入るなり、ビデオカメラを取り出した華恋ちゃん。
その画面を何気なく覗き込むと、ババ抜きトーナメントが行われる部屋と、3人が映っていた。

「え?
なんで?」

驚く深月ちゃん。

麗眞くんの執事の相沢さんにトーナメント形式でババ抜きをやると話した。
楽しめるようにささやかながら協力したいと、この機械を貸してくれたらしい。

どうやら、美冬ちゃんたちの部屋に、小型ビデオカメラを取り付けたらしく、その映像が送られているようだ。

「美冬、実況よろしくね?
未来のアナウンサーさん」

華恋ちゃんに肩を叩かれる美冬ちゃん。
これを狙って、こんなもの借りたのね。
ちゃっかりしてるなぁ。
画面には、碧ちゃんと野川ちゃんがいる。


「カードは既に、移動前に配ってあります。
ジョーカーは誰の手に?
おーっと、眠そうに瞼を擦る野川ちゃんの元にジョーカーはあります!

普段以上に、あくびまでして眠そうにしているのは演技なのか?
もしそうならば彼女は女優に向いているのかもしれません」

美冬ちゃんの実況にも熱が入る。
私は、片手に持ったスマホで、必死にババ抜き必勝法を調べていた。

あまりカードゲームなどやらないクチだったので、ルールがうろ覚えなのだ。

「ジョーカーはまだ動いていない模様。
水面下での駆け引きが始まっているのか?」

美冬ちゃんの実況を聞きながら、持ってきたお菓子を広げて画面を時たま見ていた。

美冬ちゃんも深月ちゃんも、時たまポテチをつまみにきた。
普段はこんな夜にお菓子など食べない。
こうでもしていないと集中力が途切れそうで嫌だったのだ。

勝負は、10分ほどでついた。
野川ちゃんの元から、ジョーカーは離れなかった。

「野川恵梨、決勝進出ー!!」

美冬ちゃんたちと共に、部屋に戻る。

「野川ちゃん、残念!!
さ、次の御三方ー!!」

私と、華恋ちゃんと、深月ちゃんだ。
深月ちゃん、絶対、持っててもポーカーフェイス崩さなそう。
彼女が一番の強敵だ。
なんせ、心理学を極めてるし。

美冬ちゃんが配ったカードを、そっと取る。ジョーカーは私の手元にはなかった。

揃っている2組のKと10、2、7、9のカードを場に出し、時計周りだから、私は深月ちゃんのカードを取る。

私が端から2番目のカードに手をかけた時、深月ちゃんが口角を上げて笑う。
ジョーカー、まさか、一番難敵の深月ちゃんが持ってるの?
一番端のカードを取って、手札に加える。

5が揃ったので場に出した。

華恋ちゃんにカードを引かせる。
彼女がカードを選ぶ度に、驚きの表情を浮かべてみた。
華恋ちゃんが真ん中を引いた。
彼女のカードの束から2枚のカードが消えた。

私が、深月ちゃんのカードの束から左から2番目のものを引いた。
カードが揃った。2組消えていく。
気づけば、私のカードの束は次、華恋ちゃんが引けば3枚になる。


私は、深月ちゃんの表情にだけ気を配りながらゲームを進めていく。
そして、ジョーカーを引くこともなく、華恋ちゃんによって、最初は10枚近くあったカードが全て私の元から旅立った。

「理名ちゃん、強いね……

華恋ちゃんの顔に、焦りの色が浮かぶ。

ある時、華恋ちゃんの口角が微かに動いて、逆に深月ちゃんの顔からほんの一瞬、表情が消えた。
まさか、ジョーカー、深月ちゃんじゃなくて、華恋ちゃんが持ってたの? 

私はてっきり、深月ちゃんが持っているのだと思っていた。

しばらく見ていると、深月ちゃんが2枚のカードを掲げ、華恋ちゃんに差し出す。

カードを選ぶ度に、眉を下げて悲しげな顔をする深月ちゃん。

そして、華恋ちゃんがカードを引いた。
すると、彼女の顔色が明らかに悪くなった。
華恋ちゃんが2枚、カードを差し出す。

深月ちゃんが、華恋ちゃんの口元を見たあと何の躊躇もなくカードを引いた。

そして、カードを場に出して、両手を高く上げる。

負けたのは華恋ちゃんのようだった。

彼女は、別室で見ていた美冬ちゃん、碧ちゃんたちに、肩を何度も叩かれていた。