「……ん!
ちゃん!
理名ちゃん! 起きて!」

耳元で聞こえる高めの声と、ゆらゆらと揺らされる身体。
一度寝返りを打つと、ゆっくり目を開けた。


私の家よりずっとずっと広い窓に、高い天井。
ベッドサイドにはオシャレなランプやらアロマキャンドルやらが並んでいる。
私の部屋とは大違い……。

ここは私の家じゃない!
慌てて飛び起きる。


「あ、起きた。
おはよう、理名ちゃん。
すっごいうなされてたから、眠れたのは、ほんの4時間くらいでしょ? 
そんなんで、買い物行ける?
大丈夫?」

外の太陽より眩しいくらいのキラキラした笑顔の椎菜ちゃんが隣にいた。
なにやら必死に、携帯電話とにらめっこしている。

起き抜けのぼんやりした脳に、ふと、中学校の体育館から、救急車に同乗する母の姿が浮かんだ。


なんて夢を見ていたんだろう、私は。
今更、このタイミングで、生前の母の夢を見るなんて。

夢の内容を言ってしまおうかとも考えたが、収拾がつかなくなりそうで、やめた。
泣かずにあの話が出来る自信なんて、微塵もない。


「早いね。
おはよ、椎菜ちゃん」


「そう?
さ、洗面所行って顔洗ってから食堂降りよ?
理名ちゃん、目が腫れてるし。
そんなんじゃ、下に降りられないよ?
もうすぐ朝ごはんの用意が出来るって」

そういえばここ、麗眞くんのお家なんだった。
椎菜ちゃん、すっかり馴染んでるし。
もう、この家の一員みたいに見える。


急いで赤いフレームのメガネをかけて、部屋を出る。
まっすぐ廊下を進んだところにある階段を2回降りた。
洗面所に着くと、眼鏡を外し、顔を冷たい流水と洗顔料で洗う。

これでやっと、目が覚めた気がした。

洗面所を出たところで、麗眞くんの執事の相沢さん、と言ったっけ?
と鉢合わせた。

「おはようございます、相沢さん」

「これはこれは、椎菜様。
おはようございます」

椎菜ちゃんにつられて、ぺこりと頭を下げる。

「理名様も、おはようございます」

「おはようございます、相沢さん……?」


「ふふ。
お気になさらず、私の名前など、覚えなくて構いませんから。
さあ、お二人とも、朝食の用意が出来ております。
食堂にご案内しましょう。
理名様は、まだ迷われるでしょうから」

相沢さんと椎菜ちゃんの背中についていく。
扉は昨日と同じような作りだったが、部屋の広さは、今日のほうが上のようだ。

いくつもの大テーブルに余るくらいの料理が並べられている。

どこぞの高級レストランのようだ。
これ、やっぱり、食べ放題、だよね……。


「朝食が一番大事でございますから」

そう言ってにっこり笑う相沢さん。
主の麗眞くんも、私と椎菜ちゃんを手招きしている。

「おはよ、麗眞……」

「麗眞くん、おはよ……」

「二人とも、おはよ。
椎菜はいいとして、理名ちゃん、あんま眠れてないでしょ。
環境が変わるとダメなタイプ?
まぁ、仕方ないよね。
ここ、特殊だからね」

さらりとそう言ってのける麗眞くん。

ほんと特殊すぎる、この家。
こんなにあっさり、朝食を食べ放題にしちゃう家ってどんなよ……!

家賃と維持費にゼロがいくつつくのか、桁がいくつなのか、知りたいわよ。

「もう、麗眞!
そんなんじゃないって!
理名ちゃん、何か変な夢を見たみたいなの。
ちょっとの間はそっとしておいてあげて?」

「わかってるよ。
明らかに、寝てませんって顔してるし」

こんな会話をしているうちに、彩さんも起きてきて、皆で朝食を愉しんだ。

「朝からこんな気合いの入った朝食を食べたの初めてで、美味しかった。
ごちそうさまでした」

 1時間30分ほど、唐揚げやら魚やらサラダやらスイーツでお腹を満たした。

「理名ちゃん、よく入るね……」

私の目の前には、7枚ほどお皿が積み重なっていた。麗眞くんのほうは9枚。
椎菜ちゃんに至っては3枚だ。
彩さんのほうはというと、5枚でストップしていた。

「椎菜ちゃん、そんなんで大丈夫なの?」

「うん」

まあ、食が細いかどうかもある程度遺伝で決まる。
私では、どうにもできない。
本人が満足したのなら、それでいいのだ。

「ごちそうさまでした」

そう言って食堂を出て、扉を勢いよく開けた瞬間、勢いよく人とぶつかった。
扉が重いのかと思ったが、見かけによらず軽かったため、勢いよく開いてしまったのだ。

「っ、もう!
ちゃんと前見て下さい!
危ないじゃないですか!」

「ごめんごめん。
俺も映画の撮影と副業終わりで疲れててさ。
お腹空いてたから、つい、ね。
怪我は大丈夫?」

麗眞くんによく似た声と身長の男性が、心配そうに私に手を差し伸べていた。

「大丈夫、です……」

「ふふ。
貴方が噂の、麗眞の女の子友達ね?
蓮太郎に啖呵を切るなんて、気に入ったわ」


その後ろには、グレーがかったような、薄い水色のような短い髪をした、スタイル抜群の女性がいた。
身長は、165cmぐらいだろうか。
切れ長の一重に青いアイシャドウがよく似合っている。

「遅くね?
親父も、おふくろも。
仕事終わりに何してたの。
どうせ、どっかのホテルでイチャついてたんだろーけど」

麗眞くんの声に、めまいを覚えた。
麗眞くんのご両親?
やっぱり、この家、美男美女家系なのね……

「ようこそ、宝月家へ。
岩崎、理名さん」

にっこり微笑まれて、麗眞くんのお父さんに手を引っ張ってもらいながら、なんとか立ち上がった。
彼の笑顔は、息子である麗眞くんにそっくりだった。

「どうも……」

「お邪魔しています。
でも、私とこの子、一旦家に帰らないといけないんです。
また合流して二人でショッピング行くんですけど……」

「ああ、椎菜ちゃんか。
いらっしゃい。
2人とも、仲がいいんだね。

分かった。
10分くらい時間もらえるかな。
ウチの使用人が送っていくよ」

「ありがとうございます」

 相沢さんに連れられて、玄関傍の広い空間で待った。
昨日も足を踏み入れた、ホテルと見紛うほどの広さの場所だった。
ベンチソファーに座って待っていると、春だというのに黒いストライプスーツの男性が頭を下げて、私と椎菜ちゃんの名前を呼んだ。


彼に案内されるがまま、ワゴン車に乗ってそれぞれの家に戻った。
あの家にいた後だと、自分の家がとてもとてもこじんまりして見えた。

なにより驚いたのが、玄関先に宅配便が来ていたことだった。
何も通販商品など買っていない。
住所間違いを疑った。

「岩崎 理名様ですね? 
宝月財閥さまより、お荷物です。
くれぐれもきちんと、岩崎さま本人に届けるように、とのことです。
大切な、学校の鞄と教科書ですからね」

そう言って、段ボールについていた小さい機械のようなものを外して、私にサインをするためのボールペンを渡してくれた。
それを受け取って、フルネームを記す。

サインをした控えを受け取ると、お兄さんはトラックに乗って帰って行った。

これ、昨日の荷物?
荷物って、何のこと?
思い出すのに、時間がかかった。

そういえば、荷物は麗眞くんの家に入る時に預かって貰った気がする。

それか!
教科書が詰まった鞄を家まで宅配するシステムが、なんとも不思議だった。