ある日のことだった。

お昼休みを終えて、移動教室の為の準備をしているところだった。

チャイムが鳴って、生徒の名前が呼び出された。

華恋と深月の名前が呼ばれ、至急、理事長室に来るようにとのことだった。

「ちょっと行ってくる!

ごめん、ノートと筆箱、私の分もお願いね」

深月は、華恋と共に、慌てて教室を出て行った。

出て行く時に、麗眞くんは彼女らの制服のワイシャツのポケットをトントン、と指さした。

何かの合図だろうか。

どういうこと?

「きっと、私達が持ってるあの機械の電源を入れておくように、ってことよ。

そうすれば、音声が聞けるから。

今日は、幸いにも文系理系クラスに分かれていない、プログラミングの授業だし。

基礎を学ぶためにビデオ教材を見るから、それを見るフリをして、音声を聴く気ね。

まったく、そういうことには頭が回るのよね、ウチの麗眞は」

さり気なく惚気るな、この学園公認カップル。

「俺と道明が盗音機の音声を聞いておく。

後の人たちは、ビデオ教材に集中しておくほうがいいと思う。

いざとなったら、適当に仮病でも使って抜けるさ」

そこに、麗眞くんに何やら耳打ちする椎菜。

何を話してるんだ、このカップルは。

授業が始まっても、気が気じゃなかった。

やがて、椎菜が頭を抑えて蹲った。

「おい、矢榛、大丈夫か!?」

「ずっと映像観てるから、眼精疲労で頭痛が。

保健室で、薬頂いてアイマスクをして休めば、回復するとは思うのですが」

「そうか。
そこを考慮しなかったのは申し訳ない。

今度からビデオ教材も考えないとな……」

宝月、矢榛を保健室に連れて行ってやれ」

「言われなくてもそうしますよ。
ほら、肩貸す。

立てるか?椎菜。

行くぞ」

麗眞が一瞬、目が合った私に目配せする。

ああ、これは、母親が元女優の血を引く、椎菜の演技だ。

これで、彼は教師の監督下から外れる事ができる。

音声を聞いた上で、状況を私達に伝えることも出来る。

本来は授業内でのみ使用できるチャットツールをこっそり仲間内でグループを作成して、使えるようにしてあるのだ。

一定期間で内容は消えるようになっている。

以前、理事長の知り合いが特別講師として来たときに、プログラミングを教えて貰いながら組んでいたのだ。

麗眞くんから、チャットで飛んできた内容は、衝撃的なものだった。

『華恋ちゃんの母親が、アメリカのボストンで銃撃テロ事件に巻き込まれて、亡くなったそうだ。

子供を庇って撃たれたらしい。

深月の母親の由紀さん。

それに、もう一人のカウンセリング担当の男性と話し合って、音楽セラピーを受けに行く途中だったそうだ。

由紀さんも、自分が許可さえ出さなければ、ってやり場のない怒りをぶつけている状態らしい』

は?
え?

何が書かれているのか、すぐには理解出来なかった。

華恋の母親が……亡くなった……?