中間テストや、健康診断も、パスポートを取る手続きも終えて、修学旅行は翌日に迫った。

たまにはと、前日にビデオ通話をしている。

しかも、いつメンと拓実を交えた皆でだ。

こんな雰囲気も、久しぶりだ。

『会えるの、楽しみにしてていい?

ホントは、今すぐ顔見てぎゅってしたいくらいなんだけど。

多分、でも抱きしめたらタガ外れるな。

よく麗眞と椎菜ちゃんがしてる領域まで、いっちゃうかも。

それでも、理名はちゃんと、俺のこと好きでいてくれる?』

『言うねぇ、拓実。

いいなぁ。

正直、羨ましい』

画面越しで琥珀が何か言っている。

貴女も修学旅行でリア充になるんでしょうに。

『でもまぁ、修学旅行が出来るだけいいと思わないとね。

何年か前に、新興感染症が流行したときは、真っ先にウチらの行事やら部活動が潰されたんだから。

まぁ、早くにその新興感染症が人々から忘れられたのは、私の母やその恩師のおかげね。

強すぎる締め付けが子供たちの発達に与える影響について長ーい論文を発表したからなんだけど。

あの頃の母、日に日に元気がなくなって、私がいろいろ家事やってたくらいなんだから』

確かに、心理学に長けた人は生きた心地がしなかった日々だろうな、と思った。

新興感染症騒ぎは約2年もの間続いたが、経済困窮によって自らの人生を終わらせる人が後をたたなかったという。

『せっかく修学旅行で来るんだから、楽しんでほしいな。

自由時間はちゃんと把握してる。

俺のルームシェア相手とか、俺の案内役をしてもらっている人にも、把握してもらってる。

理名の方から、来てもらおうかな。

俺が見学してる病院がどんなところか、気になるでしょ?

そこも機会があれば、案内したいし。

待ち合わせしやすい場所、考えておかないとな』

「おーい、理名。

今日は和の幕の内弁当を買ってきたぞ。

明日から会えないから、たまには一緒に食べよう」

階下より父親の呼び声がした。

「ご飯だー!
ごめんー」

『そういえば、私もだ。

相原さんがめっちゃ手のこんだ和食作ってくれてる』

『俺のところもだ。

まぁ、深月も一緒だけど。
何で皆、日本を離れる前日に和食なんだろうな』

『俺もだ。

しかも食べ放題形式。

相沢が急かすから、俺と椎菜は先に離脱!

また明日な!

あ、空港まで迷ったりしたら連絡くれれば、多分迎えに行ける。

それじゃあ、楽しみにしてる』

『あ、ちょっと麗眞!

まったくもう。

夜は無しね、って言ったからちょっとご機嫌ナナメなの。

とにかく、皆また明日ねー!』

麗眞くんと椎菜は早々とグループでのビデオ通話から抜けた。

え。
深月と秋山くん、今同じ家にいるの?

問いただしたかった気持ちはある。

だが、彼らの夕飯の邪魔をするようなことはしたくなかった。

彼らも、ビデオ通話から抜けたので、私も抜ける。

ビデオ通話を抜けて、リビングに降りる。

父がお弁当を開けて口にしていたところだった。

ビデオ通話の内容を聞かれてはいなかっただろうか。

「ドイツか。

会って来るんだろ?
あの子……拓実くんに」

お弁当のおかずのみを早々と食べ終えていた父。

ごま塩が申し訳無さげに振ってあるご飯に箸をつけながら聞いてきた。

「うん。
もちろん。

でも、いいの?
てっきり、反対されると思ってた」

私がようやくおかずのポテトサラダに手をつけた頃、父は首をゆっくり左右に振りながら言った。

「何を反対するもんか。

真面目で、誠実で、いい人じゃないか。

巷で何かと騒がれるなんとかハラスメントとかの類もやりそうにないしな。

娘がいい人を見つけて幸せになるのは、素敵なことじゃないか。

少なくとも、俺は反対しないよ。

まぁ、何かのきっかけで理名を悲しませたら一発平手打ちするかもしれないが」

父ならやりそうだ。

「俺ももう若くないんだ。

何かある前に、可愛い娘の麗しいウエディングドレス姿を見たいもんだな」

サラリとそんなことを言うもんだから、まだ早いよ、と言葉を返した。

「研修医終える前に結婚したら先輩からやっかみ受けそうだから。

研修医終わってからかな。

ってか、成人年齢まではあと1年あるけど、まだそこまで考えてないし!」

「そうか。

とにかく、応援してるよ。

明日は朝から編集部のお偉いと打ち合わせでな。

しかも何年か前に新興感染症が流行ってから、会社の社長が味をしめたらしい。

リモートになってしまった。

……若いのが羨ましいよ。
さっき、オンライン何とかを理名もやっていただだろ?

若いもんはすぐそういうのに順応できるから、得だよなぁ。
俺にも教えてくれ。

話が逸れたな。
そんなわけで、明日は朝からいないからな。

今のうちに言っておく。

気をつけて、楽しんでくるんだぞ」

父親は空のお弁当容器をゴミ箱に投げ入れると、ソファーにドカッと座って、そのまま微睡み始めた。

もう、風邪引くよと呟いた声は、聞こえていないだろう。

お弁当を食べ終えると、空の容器をそっとゴミ箱に捨てた。

明日も早い。

私も寝よう。

入浴を終えて、傍らのネイビーのスーツケースを視界に入れながら、眠りについた。