予鈴が鳴ると、間髪入れずに担任が教室に入ってきた。
いつも予鈴から5分くらいは遅れるのに。
珍しいこともあるものだ。
「早く座れー!
ホームルーム始めるぞー!」
やけに機嫌がいいな、今日の担任。
いつも無愛想なのに。
そう言った瞬間、ガラ、という音と共に、教室のドアが真横に開いた。
巽くんに肩を支えられながら、琥珀が現れたのだ。
「おお、帳!
脚は大丈夫なのか?
今日は体育館でありがたいゲストを呼んでの講演もあるからな。
無理はするなよ。
体育座りは無理だったら、椅子も用意するからな。
巽も、早く座れ」
「あ、おはようございます、先生。
何とか、松葉杖なしで歩けるくらいにはなってますが、まだ治りかけ、くらいですかね。
松葉杖は邪魔で嫌だったんで何とかなしで歩けるようにもっていったんです。
文化祭実行委員は私ですし、ロングホームルームを仕切る役目もありますから。
今日休むわけにはいかなかったので。
すみません、ご心配お掛けしました」
担任ににこやかな笑顔でそう答えた琥珀。
笑顔はいつもどおりだが、顔色はいつもの琥珀のそれではなかった。
無理しているのは誰の目にも明らかだった。
「主治医にも止められたんだけどな。
懐かしい人に会えるから、行かないわけにはいかない、って聞かなくて。
俺は琥珀と一緒に登校できて満足だけど」
「ホラ、ノロケ話ならお昼に聞くから!
とにかく座る!
あんな機嫌のいい担任、レアよ?」
「今日は、文化祭の劇の台本発表と配役決めをしたあとは、皆で体育館に移動だ!
めったにお目にかかれない弁護士さんが、講演をしてくれるぞ!
お前ら、幸せ者だなぁ!
あんな著名な人の顔を見られるなんて!
法廷やらTVのワイドショーのコメンテーターやらで引っ張りだこなんだぞ」
その言葉で何かを勘付いたらしい。
琥珀に深月、麗眞くんに椎菜が、顔を見合わせた。
「さすがだな。
幼なじみの頼みなら断らない、ってか」
そう一言、麗眞くんが呟いた言葉は、皆気にしていないようだった。
ロングホームルームは、文化祭実行委員の琥珀と巽くんが仕切っていた。
台本発表の際は、台本を手掛けた華恋と深月に上手くバトンタッチしていた。
劇としてやるのは、ラブストーリーだ。
『友達以上恋人未満。
中学生の頃からそんな感じだった2人。
しかし、お互い素直になれず、思いは伝えられないまま。
そのまま時は流れ、女の子の方が父親の仕事の都合で転校することに。
そのまま離れ離れになってしまう。
それから10年。
大人になった主人公の男性は、仕事の長期出張で昔いた街に行くことになる。
仕事より、あの子に会えるといい、そんな思いを抱えながら。
たまたま入ったレストラン。
いらっしゃいませ、と声をかけてきたのは、昔想いを伝えそびれた、彼女本人だった。
その彼女の腕の痣や、顔にある切り傷を気にかけながらも、食事に誘う。
3年前から、このレストランでアルバイトとして働いているらしい。
いろいろな話をした。
彼氏がいることも知った。
その数日後。
ゲリラ豪雨の降る中、ホテルに帰ろうとすると彼女レストランのそばの路地から、男の怒鳴り声がした。
怒鳴られているのは彼女。
慌てて助ける。
彼女は、付き合っている彼氏に暴力を振るわれていたのだ。
ソイツから助けたあと、十数年前に伝えそびれた想いを伝える。
そして晴れてちゃんとした恋人同士になる、というものだ。
演技指導も華恋が主体だが、深月も協力する。
「やけに劇をやる、って聞いてからテンション高いですね、先生。
やっぱり、叔父が有名な映画監督の血が騒ぐんですか?」
え。
この無愛想な教師、そうだったの?
「まぁな、昔はスタジオで叔父の手伝いもしていた。
雑用だがな。
小野寺と似た感じだな。
学生の頃も映画サークルで脚本と演出担当だったからな。
もちろん、喜んで協力するぞ!
なかなかなかったんだ、今まで自分が受け持ったクラスで、劇をやったクラスが」
主演はやはり麗眞くんと椎菜だ。
この2人のほうが絵面的に映えるらしい。
誰も異論を唱える人はいなかった。
「2人にピッタリじゃない!
公開イチャイチャ出来るよ!」
「いや、いくらなんでもそこまではするつもり無いけど……」
「脚本次第、ってところね。
とにかく、主役なんだし、頑張ろ!」
暴力を振る男役は巽くんになった。
「優弥っぽいじゃない?
本気出さないようにね?
本気でやると、麗眞くんにボコられるよ」
「言われなくても分かってるよ」
巽くんに軽口を叩けるところを見ると、脚の痛み以外は、すっかりいつもの琥珀に戻っているようだ。
「どこで撮影するかとかは、来週の試験明けのホームルームで案を出し合うか。
くれぐれも、来週の試験は手を抜いたりせず、今の本気の実力で挑むこと!
分かったな!
成績が悪くても、クラスを替えたりなんてしないから、安心しろ!
昼休みを挟んだら体育館に集合だからなー!」
担任教師はそれだけ言って、スキップしそうな勢いで教室を出て行った。
すぐに体育館に行けるように、今日は教室でお昼ごはんを広げた。
私は朝に昇降口横で買ったお弁当にした。
「ところで、今日来る人、ってこないだ話してた人だよね?
確か。
難しい苗字の人だった気がする。
講演の司会やるから、読み方教えてもらったんだけど、すぐに覚えられなくて」
「御劔 華恵さんだな。
旦那が検察官やってる。
その夫婦とも、俺の親父の幼馴染。
直々に親父から依頼されたとみた。
そのくせ、2人の子持ち。
よく仕事と両立できてるよな……」
「会うの、ホントに久しぶり!
長女の優美ちゃんが小学校3年生だったときに行ったグアム旅行以来だなぁ!
それから、顔を見てないもの」
「そういえば、私もだ!
私も久しぶりにいろいろ話したいから、講演の準備手伝っていい?
プロジェクターのセッティングとか、色々あるでしょ」
深月がそう言うと、美冬と小野寺くんも準備が早く終わる分にはいいんじゃないか、と言う。
「深月が行くなら俺も行く。
その人、俺の知らない深月の幼少期も知ってそうだしな」
お弁当を食べる手を止めて秋山くんを小突く深月。
彼女たちは、私や琥珀より先にお昼ごはんを食べ終えた。
お先に、と言って体育館に向かった。
皆張り切ってるなぁ。
その弁護士さん、どんな人なんだろう。
いつも予鈴から5分くらいは遅れるのに。
珍しいこともあるものだ。
「早く座れー!
ホームルーム始めるぞー!」
やけに機嫌がいいな、今日の担任。
いつも無愛想なのに。
そう言った瞬間、ガラ、という音と共に、教室のドアが真横に開いた。
巽くんに肩を支えられながら、琥珀が現れたのだ。
「おお、帳!
脚は大丈夫なのか?
今日は体育館でありがたいゲストを呼んでの講演もあるからな。
無理はするなよ。
体育座りは無理だったら、椅子も用意するからな。
巽も、早く座れ」
「あ、おはようございます、先生。
何とか、松葉杖なしで歩けるくらいにはなってますが、まだ治りかけ、くらいですかね。
松葉杖は邪魔で嫌だったんで何とかなしで歩けるようにもっていったんです。
文化祭実行委員は私ですし、ロングホームルームを仕切る役目もありますから。
今日休むわけにはいかなかったので。
すみません、ご心配お掛けしました」
担任ににこやかな笑顔でそう答えた琥珀。
笑顔はいつもどおりだが、顔色はいつもの琥珀のそれではなかった。
無理しているのは誰の目にも明らかだった。
「主治医にも止められたんだけどな。
懐かしい人に会えるから、行かないわけにはいかない、って聞かなくて。
俺は琥珀と一緒に登校できて満足だけど」
「ホラ、ノロケ話ならお昼に聞くから!
とにかく座る!
あんな機嫌のいい担任、レアよ?」
「今日は、文化祭の劇の台本発表と配役決めをしたあとは、皆で体育館に移動だ!
めったにお目にかかれない弁護士さんが、講演をしてくれるぞ!
お前ら、幸せ者だなぁ!
あんな著名な人の顔を見られるなんて!
法廷やらTVのワイドショーのコメンテーターやらで引っ張りだこなんだぞ」
その言葉で何かを勘付いたらしい。
琥珀に深月、麗眞くんに椎菜が、顔を見合わせた。
「さすがだな。
幼なじみの頼みなら断らない、ってか」
そう一言、麗眞くんが呟いた言葉は、皆気にしていないようだった。
ロングホームルームは、文化祭実行委員の琥珀と巽くんが仕切っていた。
台本発表の際は、台本を手掛けた華恋と深月に上手くバトンタッチしていた。
劇としてやるのは、ラブストーリーだ。
『友達以上恋人未満。
中学生の頃からそんな感じだった2人。
しかし、お互い素直になれず、思いは伝えられないまま。
そのまま時は流れ、女の子の方が父親の仕事の都合で転校することに。
そのまま離れ離れになってしまう。
それから10年。
大人になった主人公の男性は、仕事の長期出張で昔いた街に行くことになる。
仕事より、あの子に会えるといい、そんな思いを抱えながら。
たまたま入ったレストラン。
いらっしゃいませ、と声をかけてきたのは、昔想いを伝えそびれた、彼女本人だった。
その彼女の腕の痣や、顔にある切り傷を気にかけながらも、食事に誘う。
3年前から、このレストランでアルバイトとして働いているらしい。
いろいろな話をした。
彼氏がいることも知った。
その数日後。
ゲリラ豪雨の降る中、ホテルに帰ろうとすると彼女レストランのそばの路地から、男の怒鳴り声がした。
怒鳴られているのは彼女。
慌てて助ける。
彼女は、付き合っている彼氏に暴力を振るわれていたのだ。
ソイツから助けたあと、十数年前に伝えそびれた想いを伝える。
そして晴れてちゃんとした恋人同士になる、というものだ。
演技指導も華恋が主体だが、深月も協力する。
「やけに劇をやる、って聞いてからテンション高いですね、先生。
やっぱり、叔父が有名な映画監督の血が騒ぐんですか?」
え。
この無愛想な教師、そうだったの?
「まぁな、昔はスタジオで叔父の手伝いもしていた。
雑用だがな。
小野寺と似た感じだな。
学生の頃も映画サークルで脚本と演出担当だったからな。
もちろん、喜んで協力するぞ!
なかなかなかったんだ、今まで自分が受け持ったクラスで、劇をやったクラスが」
主演はやはり麗眞くんと椎菜だ。
この2人のほうが絵面的に映えるらしい。
誰も異論を唱える人はいなかった。
「2人にピッタリじゃない!
公開イチャイチャ出来るよ!」
「いや、いくらなんでもそこまではするつもり無いけど……」
「脚本次第、ってところね。
とにかく、主役なんだし、頑張ろ!」
暴力を振る男役は巽くんになった。
「優弥っぽいじゃない?
本気出さないようにね?
本気でやると、麗眞くんにボコられるよ」
「言われなくても分かってるよ」
巽くんに軽口を叩けるところを見ると、脚の痛み以外は、すっかりいつもの琥珀に戻っているようだ。
「どこで撮影するかとかは、来週の試験明けのホームルームで案を出し合うか。
くれぐれも、来週の試験は手を抜いたりせず、今の本気の実力で挑むこと!
分かったな!
成績が悪くても、クラスを替えたりなんてしないから、安心しろ!
昼休みを挟んだら体育館に集合だからなー!」
担任教師はそれだけ言って、スキップしそうな勢いで教室を出て行った。
すぐに体育館に行けるように、今日は教室でお昼ごはんを広げた。
私は朝に昇降口横で買ったお弁当にした。
「ところで、今日来る人、ってこないだ話してた人だよね?
確か。
難しい苗字の人だった気がする。
講演の司会やるから、読み方教えてもらったんだけど、すぐに覚えられなくて」
「御劔 華恵さんだな。
旦那が検察官やってる。
その夫婦とも、俺の親父の幼馴染。
直々に親父から依頼されたとみた。
そのくせ、2人の子持ち。
よく仕事と両立できてるよな……」
「会うの、ホントに久しぶり!
長女の優美ちゃんが小学校3年生だったときに行ったグアム旅行以来だなぁ!
それから、顔を見てないもの」
「そういえば、私もだ!
私も久しぶりにいろいろ話したいから、講演の準備手伝っていい?
プロジェクターのセッティングとか、色々あるでしょ」
深月がそう言うと、美冬と小野寺くんも準備が早く終わる分にはいいんじゃないか、と言う。
「深月が行くなら俺も行く。
その人、俺の知らない深月の幼少期も知ってそうだしな」
お弁当を食べる手を止めて秋山くんを小突く深月。
彼女たちは、私や琥珀より先にお昼ごはんを食べ終えた。
お先に、と言って体育館に向かった。
皆張り切ってるなぁ。
その弁護士さん、どんな人なんだろう。



