「兄や両親から噂には聞いていましたけど、さすが、広いですね。

ここに、私の両親もお世話になったこと、あるんですもんね」

「そういえば、私の両親も言ってたわ。

ここと、麗眞くんの両親にはすごくお世話になった、って。

毎年時期になるとグアムの別荘で大所帯で過ごしていたものね。

椎菜の両親や琥珀の両親も一緒にね」

深月が感慨深げに言う。

その言葉に、当事者の麗眞くん、椎菜、琥珀以外は口をあんぐりさせた。

そんなことしてたんだ。

初対面から仲が良さそうだった理由も合点がいった。

「とにかく、ここに来た本題に入りましょ。

琥珀、本当に捻挫にしては痛がり方が尋常じゃない」

深月が話を前に進める。

巽くんと友映ちゃんの話によると、琥珀は盗撮されていた高校生を助けたとという。

そこに、逆上した犯人が殴りかかってきたのだ。

合気道の技だけでは凝りそうになかったのと、体格もよかった。

そのため、金的をお見舞いしたという。

それで終わりなら良かった。

仲間がもう一人いて、反応が遅れて転びそうになったという。
その際に、脚を捻挫したようなのだ。

「もう一人の男は、私の兄が軽くフィンガージャブやったら怯んで逃げようとしたようなの。

足を掛けて転ばせて、仲間もろとも駅員に連行したわ」

「思わず帳に駆け寄って商売道具大事にしろ、って言ってやったよ。

そう言う間にも帳は、盗撮されていた高校生の方を心配してたけどな」

「んー?

私の友人の母のカウンセリング受けるといいかも、って深月の母親のことを少し教えただけだよ?」

そう言いながらも、痛そうに顔をしかめて左脚を抑える琥珀。

足首は誰が見ても分かるくらい青白く変色している。

「相沢さん、車出せます?

凛先生のいる病院だと、優秀な整形外科医の先生がいたはずだから。

そこに連絡は入れたわ。

ひどくなる前に向かわせて。

もちろん、巽くんも付き添いで」

私がこう言うことを、相沢さんは分かっていたのだろうか。

「理名様より早く、凛様にはご連絡済みでございます。

参りましょう、琥珀様、巽様」

巽くんは、琥珀に肩を貸して、相沢さんを先頭に部屋を出ていった。

「巽くんったら、私が呼んだ兄と琥珀さんが仲よさげに話してるの、勘違いして。

逆にウチの兄に何やら言われてたみたいなんだけど。

まぁ、ウチのバカ兄は琥珀さんみたいなタイプは女友達としてしか見れないみたい。

女の子らしい、か弱い子がタイプドンピシャみたいだからねぇ。

まあ、ホの字の子はいるみたいだけど」

「そういう友映ちゃんは?

気になる子とかいないの?」

相沢さんが用意してくれたマカロンやクッキーを遠慮なくつまみながら、華恋が話を振った。

クッキーをつまんだ彼女は、ほんのり顔を染めて俯いた。

「その反応は、いるのね?

好きな子」

「その子とは高校は違うんですけど。

ゲーセンで絡まれた時に、巽さんと2人で助けてくれて。

そこから、連絡先だけはGetして、慣れない手作りのお菓子渡して。

……両親が料理教室の先生だから、よくケーキ作ってくれるけど、引けを取らないくらい美味しかった、って言ってくれたんです。

自分は料理サッパリだから、出来る人は素直に尊敬する、って言ってくれたんです。

そこから連絡だけは取り合うようになったんですけど。

まだどこかに行こうとか誘えるような間柄じゃなくて」

「それってもしかして、真紀(まさき)くんのこと?」

「友映ちゃんと成司くんの両親とは同級生の、夫婦の息子だな。

さっきまでここにいた巽くんとは仲がいいらしい」

椎菜と麗眞くんの言葉に、顔を真っ赤にした友映ちゃん。

「ビンゴね。

彼のことが好きなら協力するわよ。

なにせ、高校違うのに運命的な出会いをした理名、っていう前例もいるし。

高校違うくらい、恋愛のハードルにはならないわよ」

さすがは恋愛のカリスマ、華恋。
彼女が言うと風格がある。

それにしても、私の名前を出さないでほしい。

「何だか皆さん、レジェンド、って言われるだけあって。
ギラギラしたオーラの方たちばかりで緊張してたんです。

何だか、上手く溶け込めたみたいでよかったです」

そう言うと、先輩方にもお菓子を勧めつつ、自分もお菓子を食べる友映ちゃん。

「友映ちゃんのお兄さんは大学生だっけ?

いいなぁ、大学生ってどんな感じ?」

「自由奔放ですよ。
教授の都合で大学の講義が休講になることもあるんです。

その時は、学内で時間をつぶす人もいれば、家が近いと家に帰ってのんびりする人もいるし。

兄は、たまたま講義が休講になった知らせを受けて、帰ろうか迷ってたところだったそうなんです。

その兄を引っ張って、琥珀さんのところに連れて行ったんですよ」

「そうだったの。

琥珀や巽くんからもお礼は言われると思うけれど、私たちからもお礼を言うわ。

私の親友を助けてくれて。

助けてくれたのが黒沢兄妹で、感謝してるわ。
じゃなかったら、こうは上手くいっていなかったと思うわ」

深月の分析は的確だ。

「兄は琥珀さんの父にいろいろ武術を教わっているみたいですし。
琥珀さんともバイト先が同じのようですしね。

琥珀さんの性格をよく分かっている。

だからこその判断だったのでしょう。

巽さんがウチの兄を恋敵だと勘違いしたのも、それが理由でしょうし」

巽くん、そういえば麗眞くんのことも勘違いしてたな。

琥珀と仲よさげに話してたから、っていう理由だけで。

結構、過保護になりそうだな。

「先輩方は、文化祭何やるんですか?
私達は、とにかく飲食店やりたくて。

たこ焼きとか定番だよね、って話にはなってるんですが」

「私たちは、今年は劇やるよ」

華恋があっさり答える。

「そういえば、そうだったっけ」

私は決めたことすらも忘れている。

「夏休み前に決めたじゃない。

まぁ、理名は期末試験後で徹夜で勉強したあとだったでしょうし。

眠かったから覚えてないのも無理ないわね」

「主演は、映えるからだろうけど、私と麗眞。

琥珀に付き添ってる巽くんも出るみたい。

出店やるなら、真紀くんも誘ってみたら?

文化祭デートもいいかもよ?」

椎菜までそんなことを。

文化祭やら、自分たちが今の友映ちゃんくらいの学年だったときの思い出話等に花を咲かせる。

その刹那、ドアがノックされた。

「皆様、もう夕方ですが、どうなさいますか?

どうやら、帰ってこない友映様を心配し、友映様の兄、成司様がこちらに来るようです。

いかがいたしますか?

彼も仲間の輪に入れるのも、また一興ですが」

相沢さんの問いに、深月や麗眞くん、椎菜がにっこりと微笑んで答えた。

「うん、いいと思うよ。

俺もアイツの顔見るの、久しぶりだし」

「成司くんにはいろいろと聞きたいこともあるし、むしろウェルカム、かな」

「そうそう。

美冬やミッチー、小野寺くん、華恋や理名にも紹介したいです。

碧が気になる人はこの人です、って」

そう言うやいなや、ドアが開いた。

「ごめん、遅くなった。

彩さんとも会うのは久しぶりだったから、いろいろ話してた」

姿を現したのは、明るい茶髪の毛先を少し外側に跳ねさせた、凛々しい眉毛が特徴の男性だった。

黒いライダースジャケットにTシャツ。
それに薄い色のジーンズ。

気取ってない服装からも、自由奔放さとオシャレさを感じた。

「お、友映。

元気でやってるみたいだな。

初めまして。
友映の兄の、黒沢 成司です」

この人か、碧が一目惚れした子は。