少しお菓子や飲み物でお腹が膨れてきた頃。

「プールある、ってほんと?

香澄さん!

泳ぎたい!

ちょっとだけ食べて飲むのは中断して、泳ごうよ!」

香澄さんに話しかけるのは、琥珀だ。

「ふふふ。

いいわよ、案内するわ。

せっかくだもの、隅々まで楽しんでほしいからね?」

更衣室代わりに、部屋を割り当ててもらう。

華恋が、申し訳なさそうに手を合わせる。

「ごめん、私はここで待機してるね?

水がかかってもいいように、上だけ水着にしてる!

お風呂もパスでシャワーだなぁ」

「しょうがないしょうがない!

カメラ係もさ、手が空いた人がやるし、華恋は無理しないで!

香澄さんに話して別の部屋にいてもいいし!

薬とかあるよ、キツかったら言ってね!

そう言う私は、婦人科行って薬もらって飲んでたの。

当たると困るから前にずらしてもらったんだけどね」

数日前、とても眠そうにしていたり、頻繁にトイレに駆け込む様子が見受けられた椎菜。

そういうことか。

というか、ずらせるんだ……

「謝らないでいいって!

今度、このメンツで温水プール行こうよー!

そのときに楽しめばいいからさ!

華恋の水着、楽しみにしてる!」

うっすら、華恋の目には涙が浮かんでいる。

「泣くなー、華恋。
もう」

「私だけ入れないの、申し訳ないな、と思ってたから、皆の言葉が素直に嬉しかったの。

ありがとう」

「よしよし、華恋。

深月なんて、泳ぐの苦手なのに入ろうとしてるからね?

皆を待たせてるから、私たちは行くね。

動画撮ってたっぷり見せるね!

じゃ、後で!」

琥珀に手を引っ張られて、プールに向かった。

「広すぎない?」

「広いだけじゃない、ちょっと深そう、って思う。

プールなんて義務教育以来だから余計にそう思うのかな?」

「深いの?

怖いなぁ……」

ポン、と誰かに肩を叩かれて、身体をビクッとさせたのは深月だ。

いつも堂々としている深月のこんな姿を見るのはレアだ。

豊かな胸を覆うのは、黄色いフリル。

それが上手く目くらましになっている。

下は紺地に花柄上の黄色と合わせた花柄なのが彼女らしい。

「もう!

ビックリさせないで!
何だ、ミッチーか。

ビックリしたぁ……」

ちょっと来い、と言って秋山くんに引っ張られた深月。

庭の景色が見える柱の影に隠れてしまって、2人きりで話している会話は聞こえない。

「深月と秋山くんはイチャついてるのね。

まったく、2人とも。

人を冷やかす割に、自分たちもラブラブなんだから」

そう言いながら現れたのは椎菜だ。

赤いビキニ部分の後ろや、ピンクがかった花柄のショーツ部分横にある結び目をチラチラ気にしている。

「解けたら、麗眞くんに結んでもらえば?

小学5年生のとき、グアムのプールで遊んでた椎菜を見た麗眞くんが鼻血出したんでしょ?

また鼻血出さなきゃいいけど」

「昔の話だよ!

だいたい、何で琥珀ちゃんが知ってるんだよ。

あのときは琥珀の両親も椎菜の両親と同じ、A班だっただろうが」

「知らなかったの?

あの翌年でグアムに集まるの、最後になったじゃない?

それぞれの子供たちの部活動とかも始まったし。

子供たちもいい加減自分の友人と遊びたいだろう、ってことになってさ。

翌年のときに椎菜ちゃんのお母さんから聞いたのよ。

年頃の男の子に鼻血を出させるなんてね。

それだけ、私の娘は魅力的、ってことかしらって言ってたけど」

「うわ、マジか……」

いつからか来ていた麗眞くんは、椎菜の手を引いて、何処かに消えた。

顔を真っ赤にして戻ってきた椎菜。

「解けないようにキツめに結んでくれた。

だけど、『お礼は深いキスでいいよ?

何ならその先でも大歓迎だけど』っていうのはちょっとなくない?

麗眞ったら、もう。

確かに、最近はイチャラブより普通のデートで満足してるけど。

最近、ホテルでのアフタヌーンティー行ったし。

家の前まで迎えに来てくれたから、半袖のニットワンピ着てリムジン乗ったの。

そうしたら、麗眞に開口一番に身体のライン拾う服着るな、って言われたんだけどね」

それは普通のデート、と言うのだろうかとツッコむ気力もなかった。

プールに入ったはいいが、一歩もそこから動いていないのは深月だ。

本当に水が苦手らしい。

地頭も良く、球技全般やダンスですらもそつなくこなす彼女。

しかし、水泳だけは苦手らしい。

なんでも、昔、体育の授業中に泳いでいるときに足を引っ張られて、溺れかけて以来怖くなったらしい。

恋人である秋山くんに強くしがみつく深月。

困り顔を浮かべているのは深月の恋人だ。

何かを深月の耳元で囁いた彼は、照れた様子の深月に胸板をポコポコと叩かれている。

「ほらほら、秋山くん困るでしょ。

私がいろいろ手ほどきするから、秋山くんは泳いでなよ!」

見かねた様子の琥珀が、深月の手をそっと引いて、秋山くんから離す。

彼の方はというと、麗眞くんに肘で小突かれていた。

「秋山くんの溺愛っぷりがウチの麗眞と似てきたわ。

まったくもう。

どうせ、『そんなぎゅってされると当たるから俺が保たない』とか言われたんだろうけど」

そう言いながら、椎菜はちょっと休憩、と言わんばかりにプールから上がる。

私も一緒にプールから上がる。

プールに行く道すがらにあったラウンジで、ペットボトルの麦茶を2本買った。

「はい。椎菜。

これ飲んで休憩してるといいかも。

喉乾いてたから、そのついでに買っただけ。
気にしないで?」

「理名、ありがとう!」

学園の男どもから人気な理由が分かるとびきりの笑顔で、私に微笑みかけた椎菜。

こんな笑顔を向けられれば、同性でも惚れる。

「どういたしまして。

昔も早々にプールから上がって休憩してたんだって?

気管支が丈夫じゃないんだから、無理しないでね?」

「分かってる。

ありがと、未来の呼吸器内科医さん」

椎菜の寝転ぶベンチの横に座り、私も麦茶のペットボトルを開ける。

パキ、という音がして、麦茶の風味と香りが喉を抜けた。

「どうなの?

拓実くんとは。

ビデオ通話してるの?」

「最近あんまり。

私の方も時差とかいろいろ考えたり、勉強の邪魔しちゃったら、って遠慮しちゃって」

「そっかぁ。

マンネリ気味を払拭したいなら、部屋着変えてみたり、勝負下着を買ったりするのもいいかも!

理名が身体空いてる日を言ってくれれば、選ぶの付き合うよ?

遠慮なく言ってね」

こういうことを臆せず言ってくれる親友がいるのはいいことだ。

ね?と、彼女が私の顔を覗き込む。

前かがみになると、水着の隙間からDどころかEはあるかもしれない豊かな膨らみが見えそうになる。

何を食べたら、こんなになるんだろう。

「やっぱり、拓実も椎菜くらいあるほうがいいのかなぁ」

「何言ってるの。

拓実くんは今、そのままの理名を好きになってくれたんだから、そのままでいいの。

いつか、バージン奪われてから、たっぷり愛されるともう少し出てくるかもよ?

今みたいな黒のワンピース水着じゃなくて、堂々とビキニ着れるくらいにはなるかも。

後で水着姿、ピンで撮ってあげようか。

拓実くんに送れるように。

今はなかなかしない肌の露出具合だし。

拓実くんとテレビ電話する口実にはもってこいだと思うなぁ」

「ありがと、椎菜」

にわかに、プールサイド側が騒がしくなってきた。

琥珀や深月があがってきたようだ。

「ふぅ、少し潜れるくらいにはなったから、少しずつ慣れれば大丈夫ね」

「琥珀ちゃん、さすがだな。

体育で苦手なものないんじゃない?」

「助かったよ、琥珀ちゃん。

さすがに恋人と2人でレッスンは、プールから抱き上げて、別のトコロ連れて行きそうになったし」

「どういたしまして。

その代わり、男性目線でのアドバイスとか、巽くんの情報欲しいんだ。

時間あるとき色々教えてね?」

そんな会話を口にしながら、琥珀や秋山くん、麗眞くんがプールから上がってくる。

迷彩柄の水着は麗眞くん、黒字に青いボーダー柄は秋山くんだ。

「あ、みんな上がった頃?

カメラは回してたけど、写真撮ろ!

理名も、拓実くんに水着姿送りたいでしょ」

碧の一言で、写真を撮ることになった。

「カメラのシャッターなら私が押す!

会の主役がシャッター役やってどうするの!

ほら、碧も輪に入る!
何ならセンター行くといいよ、

今日の主役だもん!」

キャミソールワンピースを着た華恋は、いつからプールサイドにいたのだろうか。

カメラは華恋の少し細くなった手に収まって、パチリ、とスマホのシャッターが切られた。

何度かシャッターが切れたあと、華恋が親指と人差し指で丸を作った。

私が後ろを向いた瞬間、シャッターが切られた音がしたが、気のせいだろうか。

「泳ぎ疲れたろ。

風呂でも入ってくれば?

そこまで広くないから、1人ずつになるっぽいんだ。

シャワーだけでいいなら、そこにあるけど」

「シャワーでいい人、挙手!」

華恋の言葉に、琥珀と華恋自身、私も手を挙げた。

「んじゃ、その3人はシャワーな。

椎菜と深月ちゃん、碧ちゃんは、香澄さんに言えば案内してもらえるって」

「ありがとうございます!」

割り当てられた部屋で水着からルームウェアに着替える。

さっそく写真は届いていた。

みんなで撮った写真の他に、私が着ていた水着のバックショットも添えられている。

前から見ると露出は多くないが、後ろから見ると背中が大きく空いているのだ。

『セクシーショット、愛しの拓実くんに送ってやんな?』

なんて一文まで添えられている。

その写真をスマホに保存する。

『皆で温水プール!

夏らしい過ごし方出来て良かったー!

皆で映ったショットと、なぜか私のピンの画像を送るね!

あんまり好みじゃないかもしれないけど……』

それだけ打ったあとに、写真を添付した。

まさかの返信なし、なんてことにはなりませんように、と願いながら、シャワーを浴びることにした。