夏休み明け前の最後の金曜日。

「皆様、準備はよろしいですか?

迷うといけません、参りますよ」

相沢さんが、目的地のホテルまで、いつものリムジンで送ってくれた。

リムジンに乗り込んだメンバーは、碧と巽くん以外のメンバー。

前日まで麗眞くんの家に集まっていた。

ビデオレターやら、寄せ書きやらの準備をいろいろ行うためだ。

それに時間をかなり費やしたので、満足に眠れたわけではない。

1つだけ広い席は、小野寺くんと美冬が独占している。

彼女に睡眠を少しでも取らせたい、という麗眞くんの意向だった。

「脚伸ばして寝てていいよ、美冬。

眠いだろ。

俺の膝、枕にしていいから」

耳元で何やらヒソヒソと話したあと、コツン、と小野寺くんに額を指で弾かれた美冬。

小野寺くんの目線が、麗眞くんに一瞬ではあるが向いたのが気になった。

後で美冬に聞いてみよう。

「一時期より顔色いいわね、美冬。

バイトも週4から週3にしてもらえたみたいだから、そのおかげね。

その分、小野寺くんが多くシフトに入ってるようだけど。

このまま無理されると、美冬のラジオ聞けなくなるところだったわ」

華恋は嬉しそうだ。

「そうそう。

ラジオ聴けないと、優梨ちゃんのモチベーション維持にも支障が出るし。

でも、夏休み明けの模試で結果わかるだろうけど、相当学力は上がってるはずよ」

「オレと深月、巽のトコの両親から大層感謝されてるの。
食事や風呂までいただくことあるんだもんな。

泊まっていけ、っていう誘いを断れずに、泊まっていくこともあるけど。

そういうときは部屋がないんで、部屋割は巽と俺、深月と優梨ちゃんになるんだ。

本当は、深月と一緒がいいんだけどね」

「ミッチーったら!

そんなにサラッと言わないで!」

そう言われた深月は照れている。

「んー?

照れてる深月も可愛いからいいじゃん。

俺は好きだよ?」

何だかんだ言いつつラブラブだ。

「いいなぁ、皆ラブラブで。
羨ましい」

小声でそう言った琥珀だが、隣の席の秋山くんはその言葉をバッチリ聞いていたようだ。

今日は、巽くんはバレー部の練習試合のため、ここにはいない。

「早く告っちゃえばいいのに。

巽と、その妹からの言質もバッチリ取ってるんだからな。

ちょっと他の女の子より強いからって、自惚れて油断してる女を、側で守れるくらいにはなりたい、ってな」

「優梨ちゃん、えっと、巽くんの妹さんね。彼女も言ってたよ?

『お兄ちゃんの最近の会話の7割は、琥珀さんの話題なんだよ!

今日は無理してないか心配だとか、また余計なおせっかいに首を突っ込んでないか、とか。

明らかに両思いなんだから、付き合っちゃえばいいのに』

だそうよ」

深月と秋山くんから冷やかされ、一気に顔を真っ赤にした琥珀。

「タイミングなさそうだもん。

修学旅行でワンチャン、とは思ってるけど、ちょっと自信ない。

あわよくば、その前にもチャンスがあればいいんだけど」

「修学旅行前に作戦立ててあげるから、安心しなさんな。

華恋にお任せあれ!」

「琥珀の親父さんは、琥珀の母親一筋だったからな。

ピアニストの進路をフイにしたくない、って思ってたからなのか、なかなかプロポーズしなかったんだぜ?

悪い意味でその血を引いちゃったか?」

「コラ、麗眞!

失礼だよ!

琥珀のお母さんも、琥珀のお父さん一筋だったんだからね?

ピアノのコンクールより大事だったもん。

相当荒れてたけど、いい俳優になれたのは、琥珀のお母さんのおかげだね。

そんなご両親の血を引いてるんだもん。

一途に巽くんラブになるでしょうよ」

「皆様、ご歓談はまた後ほど、でお願いいたします。

さぁ、皆様、もうすぐ到着いたします。

降りるご用意を」

相沢さんに促され、皆それぞれがリムジンから降りる準備をする。

「レディーファースト。

さっさと降りろ?

荷物は俺たちが持っておくから」

荷物と言っても、皆そんなにない。
私も小さめのショルダーバッグ1つだ。


必要そうな荷物は予め送ってある。

皆がパーティーを快くまで楽しめるように、という麗眞くんからの配慮だ。

彼から、ルームウェアの類は要らないというアナウンスがあった。

その意味は、後々分かることになる。

別荘は、かなり広かった。

地下1階には、プールやシャワールームがあるらしい。

泳ぎたい人は水着を荷物に詰めておくこと、というアナウンスがあったのはそのためだ。

「宝月様、ようこそお越しくださいました」

部屋の雰囲気がフランス風やニューヨーク風などのコンセプトごとに分かれている。
そこは、麗眞くんの豪邸を連想させた。

「ようこそ。
伊達 香澄(いだち かすみ)です。

母からお話は聞いています。

あなた方のご両親と私の母が、若い頃から懇意にしていたことも伺っています。

それを知っていましたから。

普段は貸し切りになんて、あまりしないんですけど、特別に。

今日は楽しんでください。

あ、そうそう。

皆様、私に付いてきてください。

それぞれ、お好きなルームウェアを選んでもらいます」

年齢は私達より少し上の、20歳を少し超えたくらいだろうか。

花柄のワンピースの裾をヒラヒラと揺らしながら歩く後ろに、ぞろぞろと着いていく。

ウォークインクローゼットには、大量のルームウェアがずらりと並んでいた。

「ここから好きに選んでね?

男性用はこちらにあるわ」

「あの、いいんですか?」

「いいのよ。

風情を感じる目的の温泉旅館とかでは、浴衣を貸し出したりするでしょう?

何でルームウェア帯出サービスはないんだろう、って思ってね。

母の明日香が持つブランドとのコネ。
それに、椎菜ちゃんのお母さんの人脈だったりも使わせてもらって実現させたのよ。

そうしたら、瞬く間に人気を博しちゃって。

ルームウェア借り放題のサブスクなんかもやったくらいだしね。

ホテルの経営より、そっちのほうが儲けいいかも、なのよ。

ごめんなさいね?

つい、余計な話を。

お友達、30分後に来るんでしょ?

送別会の準備、しちゃいましょうか。
私も手伝うわ」

部屋の飾り付けや、スクリーンの準備。
問題なく動画が再生されるかの確認、大量に買い込んだお菓子や飲み物の準備。

いろいろ駆けずり回っていると、あっという間に時間は過ぎた。

あと5分で送別会の時間だ。

ちょうどその頃、別荘のドアが開いた。

姿を見せたのは、今日の主役の碧と、相沢さんだ。

私たちをここまで送ってすぐ、今度は碧をここに連れてきたらしい。

おずおずと、私たちの前に歩み寄った碧。

「ごめんなさい。

編入するなんて、言いづらくて。

なかなか言えなくて、ごめんね。

それなのに、こんな会まで開いてもらえるなんて、感謝してもしきれないよ」

「いいからいいから!

今日の主役は固いこと言わない!

つべこべ言わずに、楽しもう!

碧はアイスミルクティーで良かったよね?」

そう言って、自然に碧を輪に引き入れた椎菜。

さらに、皆の分の飲み物まで運んでいる。

こういうところが、学園のアイドルの所以だ。

いつの間にか、椎菜のファンクラブまで出来ているだけのことはある。

「えっと、今日は私のために、こんな会を開いてくれてありがとう!

いろいろありすぎたけど、皆と過ごした日々は忘れません!

今日は、楽しく過ごしましょう。

……乾杯」

碧が、緊張しているのかたどたどしくはあったが言葉を発するのを待った。

そして、皆でグラスを合わせた。

コン、という音が小気味よい。

「かんぱーい!」