電話出来る、という旨は、既にメッセージで伝えて、ある。

テレビ電話アプリの拓実の名前の横に緑の丸があることを確認する。

思い切ってビデオ通話ボタンに指で触れた。

画面に写るのは、シンプルな白い壁を背景にした、拓実の姿。

ご丁寧に、私が出発前に空港でプレゼントしたネイビーのパジャマを着てくれている。

『あ、理名?
おはよ』

拓実は眠くないのだろうか。

長旅で疲れていないのだろうか。

朝の日本時間に合わせて、朝の挨拶をしてくれる辺り、優しい人だな、と思う。

「拓実、長旅で疲れてない?
眠くない?

話せて嬉しいけど、ちょっと心配」

私がそう言うと、画面の向こうの彼は照れたように笑った。

『フライト中は機内食食べる以外は、音楽聴くか映画見るか寝てるかの3択でさ。

12時間以上乗ってるの、キツかったな。

時差ボケはあるんだけど、可愛い理名の顔見て声聞けれいいな。
幸せな気分で横になれるな、って思ったんだ。

ついあんなメッセージ送っちゃった。
迷惑だったよね、ごめんね』

画面に映るように、精一杯首を振る。

「謝らないで。

嬉しいんだから。

朝から好きな人、ううん、彼氏の声聞けて」

『あー、もう!

テレビ電話なのが惜しいくらい。

今、理名が目の前にいたら、絶対ぎゅってしてる。

それくらい、今の言葉、嬉しかった。

俺も、理名が彼女で良かった。

こんな着心地抜群のパジャマまでプレゼントしてくれちゃうし。

しかも、今画面に映ってる理名とお揃いのさ。

ちゃんと恋人感出てていいね。

ホントに気に入った。

これ着てればいつでも理名の夢見れそうだな、ありがと』

そう言う拓実の顔はホントに嬉しそうだ。

拓実くん、こんなキャラだったっけ?

「良かった。

華恋にたまにご褒美的な感じで部屋着を買う、って言ってたお店を教えてもらったの。

そこで買ったんだ。

拓実が喜んでくれて、選んだ甲斐があったよ」

『この店なら知ってる。

値段も上質なんだよね。

大人のリッチなデザート、って感じの。

その代わり色んな所にこだわってるから、着心地抜群、って。

無事ルームシェアできたら、頼もうかな。

ドイツでは、ホームステイよりもルームシェアが一般的みたいだから』

「そうなんだ。

無事、いい人とルームシェアできるといいね」

『そうなんだよ。

ルームシェア相手に理名の写真でも見せたいけど、写真がないのが残念だ。

何ならどっかでツーショットでも撮っておくべきだったな』

「もう!

拓実ったら。

写真取られるの、あまり好きじゃないから、私は手持ちないんだよね」

『なぁんだ、残念。

理名の親友なら持ってそうだから、

アネさん経由で頼むかな。

今、麗眞の家の別荘だろ?

アネさんも、アネさんの想い人もいるみたいじゃん。

アネさんとその人、進展あったら俺にも報告くれるみたいだからさ。

それも楽しみにしておく。

ま、俺は理名の部屋をちょっと期待しちゃったんだけど。

それはまたの機会にしておくよ』

「うん、相変わらず、麗眞くんの家は豪華。
進展するといいんだけど。

夏休みには期待できそうにないから、文化祭か修学旅行かな。

行き先はまだ決まってないけど、私は拓実に会いたいから!

今拓実がいるドイツを希望にしてアンケート書いちゃった」

『嬉しいこと言ってくれるね、ほんと。

そんなできた子が俺の彼女なんて、もったいないくらい。

もし修学旅行先がドイツだったら教えてね。

その頃にはここにも少し慣れてるだろうから、偶然を装って街中で会えるかも。

会えたら、ぎゅって抱きしめていい?』

「うん。
もちろん!

拓実と会えたら、それだけで最高の修学旅行になるなぁ。

場所が分からないのに、仮定の話してもあれだから、この話題はここで打ち止め。

場所分かったら教えるね。

夏休み明けだから、遅くても1ヶ月くらい後だけど」

『分かったよ。

修学旅行、行けないのは残念だけど、
何回か麗眞のどデカイ家に泊まらせてもらってるからね。

その雰囲気だけは味わってるし。
後悔はしてない。

あ、パジャマと一緒に手紙もありがとう。

俺もさ、重そうにキャリーバッグ持ってる理名見て、甘えるの苦手な子なのかなって思ったら、つい手伝ってた。

性格的にはアネさんに似てるんだよ、理名。

琥珀、一般の女子高生よりは強いし。

それでいてピアノもできるし。

困ってる人は放っておかないし。

なのに、甘えるとか、人に頼るとか苦手なの。

多分、両親が元気でバリバリ仕事してるけど、あまり顔合わせる頻度多くないから。

それ故に、自分で何でもやらなくちゃ、って気持ちが強いんじゃないかな。

多分、理名もそういうところあるんじゃない?

自分でやれちゃうから人に頼らない、甘えない部分が。

だからさ、あのときは俺が助け船を出した。

もう遠慮しないで、俺には弱い部分も見せていいし、甘えていいから。

弱い部分見せると、周りの人が自分から離れていく、って思ってる節があると思うけど。

俺はそんなことないから。

俺だけじゃない。

今、理名の周りにいる人は、そんなことじゃ離れていかないから。

ちょっとずつ、甘えること覚えてほしい。

この先、大学入ってからとか、医者になってからとか、楽になると思う。

あ、長々話しちゃった。

ごめん。

しかも、ちょっとだけとはいえ、可愛い彼女泣かせちゃった』

拓実の言葉のどこが胸に刺さったのか。

それは分からないけれど、気がつけば頬を涙が伝っていた。

「いいの。
拓実がそこまで見ててくれたの、嬉しい……」

「あー、拓実くん、理名泣かせたー!

いけないんだー!

せっかく彼女になったばかりなのにー!
ってか、ドイツはどんな感じ?」

ガチャ、とドアが開くと同時に華恋が部屋に入ってきた。

『お、華恋ちゃんだ。

今は理名の側に俺が居れないから、華恋ちゃんと今の時点ではフリーのアネさんが同じ部屋なのかな?

カップルはカップル同士同じ部屋で』

「そうだよー。
正解。

椎菜と麗眞くんは相変わらずイチャついてるのかもしれないけど、深月と秋山くんなら、先に帰ったよー。

深冬は急性咽頭炎?起こして病院にいて、心配な小野寺くんも一緒」

『急性咽頭炎か。
疲れてるのと、ストレスと、喉酷使するとなりやすいんだよな。

全国大会のための地区予選終わって、終業式の大掛かりなやつもやって。

立て続けだったみたいだから疲れが抜けきれてなかったんだろ、きっと。

この近くだと、耳鼻科医の仙波先生がいるはずなんだけど、その人なら優しいし安心だな。
無理な治療しないし』

「仙波先生!?
確か私の母親の先輩医師だったなぁ。

まだ研修医のときにお世話になったんだって、昔言ってた気がするな」

『え、そうなの?

仙波先生は腕がいいのに老若男女問わない患者への接し方が上手いって、人気だよ。

ウチの両親も舌巻いてたな。

結婚して実家に戻ったはいいけど、そのままこっちの病院にいるんだって。

人手が足りないらしくて。

今は単身赴任状態なんだけどそのうち、旦那の方も来るかもって』

「そうなんだね。

医者って、予想以上に責任ある大変な仕事。

でも、医者になる覚悟はとっくに出来てる」

「言うねえ。
さすが拓実の彼女じゃん。

お。拓実。

無事着いた?
一応、何でもサポートするから、困ったら言ってな。

一応、案内役の男の人も茶髪で長髪だけど真面目な奴だから、安心してな。
将来の宝月家専属医師の予定だし」

「拓実くん!
良かったー。
着いたんだね!

ってか、パジャマお揃いなの、いいね!
似合ってるよ」

ラブラブカップルの麗眞くんと椎菜も部屋にやってきた。

「麗眞からね、拓実くんがもうドイツに着いたみたいって聞いたから、少し

顔見たくなって。

ごめんね、理名がいるのに。長時間のフライトで時差ボケもしてる上に疲れてるとこ、迷惑だったでしょ」

『そんなことないよ。

日本発つ前には理名としか話せなかったし、少し嬉しいかな。

美冬ちゃんと賢人のやつの顔が見れないのがちょっと残念だけど』

「邪魔したな、理名ちゃん」

「ごめんね理名!

あと華恋も琥珀も!

ごゆっくりー!」

手をひらひらと振って、部屋を出ていくのは椎菜と麗眞だ。

2人はこれから出かけるらしい。

『理名。

それに華恋ちゃんもアネさんも。

ありがと。

声聞くだけじゃなくて顔も見れて。

俺に遠慮しないで、何かあったら連絡くれていいから。

まぁ、タイムラグはあるだろうけど、何かしらの形で返事はするよ。

俺は、ちょっと身体を休めるから、少し横になるね。

時間取れるときに話そう。

それじゃ、朝におやすみって言うのもなんか違和感あるけど、おやすみ』

「拓実、おやすみ」

私に気を遣っているのか、私の後ろで華恋と琥珀は手を振るだけだ。

ビデオ通話は終了されましたという表示が画面にされる。

欲を言えばもっと声を聞きたかったが、仕方がない。

拓実も慣れない国に着いたばかりで、きっと疲れただろう。

それに、さして話す話題があるわけではない。

ノックの音がして、ドアを開けると、麗眞くんと椎菜が揃って顔を出した。

「俺と椎菜は出かけてくる。

夏休み初日、皆で居ることできて良かった。

なんか、夏休みって感じしないけど。

帰るなら相沢に言えば、送ってもらえるから言ってな」

「皆も、いい夏休みにしてね!」

マゼンタに近い濃いピンクの花柄が印象的な花柄のブラウスに、カーキのショートパンツを履いている椎菜。

彼女はそう言って、私たちに手を振ると、スキップせんばかりの勢いで歩いていった。

見かねた麗眞くんが、椎菜に声をかけて、この別荘に来たときと同じ白いショルダーバッグを持ってあげている。

いつか。

あと2年くらい経ったら、拓実とこんな感じに街中でデートが出来るのだろうか。

そう思うと、自然に笑みが溢れてくる。

「気をつけてね、行ってらっしゃい!」

私はそう言って、2人を見送った。