自分たちの部屋に案内されながら、相沢さんに心配されてしまった。

「浮かない顔をしていらっしゃいます。

拓実様が心配ですか?

どうぞご安心を。
優秀な宝月家の執事をガイド役としてつけております。

その方は、将来、宝月家の専属医師となる予定の方です。

コンタクトを取ると、ちょうどドイツにいらっしゃるようなので、案内を頼みました」

私の、心底安堵したような表情を見て、相沢さんは微笑んだ。

「さぁ、理名様と琥珀様、華恋様のお部屋になります。

深月様は秋山様と、麗眞坊ちゃまは椎菜様と一緒の部屋でございます。

では、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」

絶対に、麗眞くんは椎菜と、秋山くんは深月とイチャついてるな、きっと……

羨ましいな。

美冬や小野寺くん、深月や秋山くん。

そして、麗眞くんと椎菜。

この3組のカップルは、今後も仲を深めていけるが、私はそうはいかない。

デートをしようにも、物理的に無理なのだ。

「羨ましい、とか思った?

美冬とか深月とか椎菜が。

私はベッタリするよりいいと思うけどね。

大学は一緒、なんて確約があるのもロマンチックじゃない?

今はラブラブカップルの3組だって、大学離れたら揉めたりするかもよ?

だから、いつまでも理名らしくない浮かない顔してないの。

何か調子狂うじゃん」

「そうそう。

理名はちゃんと拓実と付き合ってるんだから、自信持ちなよ。

彼、真面目で誠実で約束は守る男だから」

さすがは拓実と一時期交流があり、アネさんと呼ばれただけのことはある。

彼の性格は熟知している。

私の母の先輩だったらしい耳鼻科医が、病院からの帰りがけに私を見て目を丸くした。

そこから、私の友達は大丈夫かと話を振る。

症状としては喉の腫れと熱だけで、細菌を殺す抗生物質を飲めば1週間経たずに治ると言った。

「ホラ、拓実くんとTV電話するときにクマ作った顔で画面に映りたくないでしょ。

理名は早く寝る!」

華恋によって、無理やり布団に入らされた。

空港からこの別荘、ここから病院に向かって、またここに戻って、と往復した。
そのせいで、疲れは出ていたのだろう。

目を閉じると、自然に眠ってしまった。

朝になると、琥珀に起こされた。

壁の時計は、朝7時をさしている。

「おはよ……」

テーブルに、3人分のお盆と、十穀米、豆腐とワカメの味噌汁、焼き鮭が乗っていた。

朝はそこまで量を食べる方ではないので、部屋にある普通の朝ごはんがありがたかった。

「別荘だとこのスタイルみたいね。
こういうのも、女子での旅行気分でいいね」

「確かに!
修学旅行感強いかも」

「修学旅行前にまた健康診断ありそうで怖い。
ちょっと痩せなきゃ」

「華恋は痩せなくていいでしょ!
十分細いって」

そんな会話をしていると、巽くんと深月、秋山くんが顔を出した。

「おはよー。
華恋に琥珀に理名。

私とミッチー、巽くんは先に帰るね!

巽くんの妹さんに、勉強教える計画立てなきゃいけないから。

妹さんは今日学校が終業式らしいから、まだ家にいないみたいなの。

その間に車内で計画立てて、私の家に寄って勉強道具とかその他もろもろの準備をするの!

それ終わったら向かうんだ!

んじゃ、私たちはお先ー!
琥珀、昨日話したの、よろしくね!
お父さんに聞いておいてー!」

それだけを言って、深月たちは別荘を出て行った。

何だか慌ただしかったな、そう思って顔が自然に綻ぶ。

「そういえば、昨日深月と何か話してたの?」

深月の去り際の言葉が気になった私は、琥珀に尋ねた。

「ああ、あれはね。

深月とか秋山くん、巽くんも。
私のお父さんに私が使う武術習いたいそうなのよ。

そういうの大丈夫なのか、彼に聞いてくれって。

不定期になるよ、っていうことと、コツ掴むの難しいって話をしたら、みんなそれでもいいって言うから。

『大学行ったらいつでもミッチーに守って貰えるわけじゃないし、いつまたあんな目に遭うか分からないから。

そうなった時に少しでも自衛できるようになっていたい』
そう言ってたの。

それが印象的だったんだよね。
単に強くなりたいだけじゃない。

あくまでも自分の身を守る為、っていう動機の人、なかなかいないから。

ま、お父さん厳しいけど覚悟してね?」

琥珀がそう言い切ったところで、私の携帯の画面が点灯し、メッセージの着信を告げた。

『やっと、ドイツでも日付が変わったところなんだ。

空港に着いて入国手続とか終えてすぐ、空港近くのホテルに泊まってる。

今日は語学学校行って、授業受けつつルームシェアする場所を探す予定。

理名もさ、夏休み楽しく過ごしてね』

この文面のあとすぐに、英数字の羅列が送られてきた。

画面を見ていた琥珀によると、これがテレビ電話アプリのIDらしい。

琥珀に教わって、アプリ内で検索すると、バンドで演奏しているときの写真だろうか。

ギターを弾く拓実の写真が出てきた。

連絡先に追加するボタンを押すと、いつでも拓実と連絡が取れるらしい。

おそるおそる送ってみると、すぐに彼からメッセージが来た。

『ID、追加しておいてくれてありがとう!

生活に慣れたら電話できる時間も分かってくるだろうし、それはちゃんと連絡するね。

ホントは今すぐに可愛い彼女の顔見て声聞きたいくらいだけど、日本は朝でしょ?

寝起きだろうから止めておくね』

「どうしよ華恋に琥珀!
ねぇ、これどう返せばいいんだろ!」

華恋たちに私の携帯の画面を見せてる間に、顔を洗い、軽く化粧を施す。

「いいんじゃない?

テレビ電話すれば。

私たちはこの別荘探検してるから」

「そうそう。

拓実と色までネイビーでお揃いなんでしょ?
その可愛いパジャマ。

それ着てる今、顔見せてあげれば喜ぶよ、きっと」

琥珀までそう言うか。

「電話、してみようかな」

「うん、いいと思うよ!」

「そういうことで、お邪魔虫は退散するから!

2人でごゆっくりー!」

華恋はそう言って、琥珀の手を引っ張って部屋を出ていってしまった。

2人は私が電話している間、屋敷を探検すると言っていたが、どうするつもりなのだろう。

そんなことを考えると、少し緊張も解けた。